水の排水館⑥  


下水道事業の危機
《見直せど…浪費列島はいま》  下水道整備、地方に負担
 赤字、水に流せない 

 下水道事業の赤字が深刻だ。自治省のまとめによると、全国の地方自治体が一般会計から補てんして埋めた赤字は1998年度、総額7300億円にのぼった。処理場の建設費や下水管の敷設で自治体が重ねた借金は毎年2兆円ペースで増え、同年度末には総額28兆円に達した。自治体側は「環境問題への対応は今も必要」と事業ペースを落とす動きはないが、逆に自治体の財政を苦しめるだけだとして、事業の差し止めを求める住民訴訟も起きている。

 太平洋に面した人口2万7000人の高知県須崎市。市中心部の780世帯(約2000人)を対象に95年10月、初めて下水道が完成した。しかし、5年後の現在、枝管の接続を終え、下水道使用料を払っているのは約3割の260世帯。施設の維持管理費の約2割しか回収できていない。市都市計画課によれば、計画が立てられた77年度から工事着工までが長引き、合併浄化槽によるトイレの水洗化が進んだためだ。

 雨水用の管を含め、事業費は、これまでに120億円を超えている。昨年度は、借金の返済や施設の維持管理のために一般会計から約5億円を補てんした。これは同市の地方税収入の約2割に当たる。

 市では普及人口を2万人に増やすという計画を変えていない。「すでに処理場を造ってしまった。計画を縮小すれば補助金を返せと言われかねない。工事は地元の雇用対策にもなっている」。市の担当者はそう話すが、今後下水管が延びるのはさらに合併浄化槽が普及している地域が多く、収支はますます厳しくなる。

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 稲作のさかんな岐阜県輪之内町では昨年、下水道事業の差し止めを求めて町民が行政訴訟を起こした。

 町は95年度、人口1万人のほぼ全域に下水管をはりめぐらす計画を立てた。総事業費は141億円。町の負担は63億円で、町の年間予算の1.5倍、地方税収入の6倍に当たる。大部分を起債で調達し、2045年までかけて返済するのだという。

 行政訴訟の原告の一人、不動産業大橋義夫さん(57)は「事業費の額を聞いてびっくりした。他の事業にしわ寄せがいく心配はないのか」と話す。

 町が計画推進のよりどころにするのが、94年度に実施したアンケートだ。下水道が「必要」か「必要でない」を選ぶ。「必要」が8割を超えた。「私もそのときは『必要』にマルをつけた。問題は財政負担の説明がなかったことだ」と大橋さんは言う。

 大橋さんらの主張は、合併浄化槽を普及させれば、事業費は30分の1で済むというもの。だが、町は「合併浄化槽では水質の管理が難しい」などとして、計画を見直すつもりはない。

 裁判は係争中だが、町は今年度1万人の汚水を想定した処理場の建設に取りかかった。「港を出た船は引き返せない」。担当職員の一人はそう漏らした。

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 ◆収支が黒字は全体の1%

 全国の市町村が取り組む約4300の下水道事業は建設省の公共下水が6割、残りは農水省の集落排水で進められている。下水管の敷設や処理場建設には約半額の国庫補助が付くが、残りは自治体の負担。返済や、維持管理費は事業開始後の料金収入でまかなうのが原則だが、自治省によると供用を始めた約2800事業のうち、収入が借金返済を含む「汚水処理費」を上回ったのは98年度、東京都区部など全体の1%しかない。6割の事業の収入は維持管理費さえ下回り、返済どころではなかった。

 自治省準公営企業室では「下水道会計がひっ迫する自治体は料金を引き上げるしか手がない」としている。

 下水道事業は現在、都市部から人口5万人未満の自治体へと展開されているが、事業費は人口密度が低くなるほど割高になる。

(朝日新聞 2000.12.08)

浄化槽推進へ国が本格的に乗り出す
     下水道一辺倒に転機、経済性比較の統一マニュアルも 

 河川を汚す一因になっている家庭排水の処理方法として、厚生省は来年度から浄化槽の推進に本格的に乗り出す。建設、農水両省との協議で下水道などとの経済性を比較する統一マニュアルが作成され、浄化槽を導入する方が効率的な地域が、農山村などを中心に広がりそうなためだ。マニュアルは浄化槽の耐用年数を使用実績に基づいて30年と認定。下水道を引くまでの一時的、補完的な設備という印象が払しょくされ、経済性が裏付けられた。厚生省は来年度予算で浄化槽設置への補助金の大幅増額を求めている。下水道一辺倒だった計画を見直す自治体も出てきた。

 下水道にはここ数年、毎年1兆円を超える国費が投入されており、国庫補助金ベースで160億円程度の浄化槽とは大きな開きがある。下水道は汚水を1カ所に集めて処理するため都市部には向いているが、農村部では散在する家と家をつなぐ管の埋設費がかさむ。

 一方、浄化槽はし尿だけを処理する単独方式に代わって、台所や洗濯の水も併せて処理する合併方式が主流になった。処理能力も下水道並みに向上。本体価格が比較的高いかわり、1軒ごとに埋設するため、配管も家庭の敷地内で済む。

 下水道と浄化槽のどちらが得策か、自治体が試算する際に、3省で示している経費がまちまちなため、総務庁が共通ルール作りを勧告していた。マニュアル作成にあたって、建設、農水の両省は浄化槽は15年しかもたないとしていたが、厚生省の「30年」が通った。

 厚生省は来年度予算の概算要求で、浄化槽設置事業の国庫補助金に今年度当初の1.5倍を超える253億円を計上、各都道府県が策定する汚水処理施設構想も統一マニュアルに基づいて見直すよう求める。
 ◆下水道は導入後が大変 重い償還/はかどらぬ使用料徴収

 自治省は今年9月、全国の自治体に対し、下水道事業が地方財政を圧迫している実態をファクスで知らせた。「下水道を始めるのはとても簡単。でもその後が大変だということに気がつかないといけない」と、同省の担当者は警鐘を鳴らす。

 鹿児島県志布志町の場合、相談をした下水道事業団の関係者からは「町の出費は少しで済みますから」と言われた。たしかに全体計画をみれば、財源の内訳で町費はわずか5.7%に過ぎない。ところが、事業が始まって数年たつと、起債の元利償還が重くのしかかってくる。国からの地方交付税でその半分は面倒をみてもらえるとはいえ、結果的には町費の数倍を実質上、町が負担することになる。

 さらに問題なのは、下水道が家の前まで引かれても、敷地内の配管は自己負担になること。高齢化が進む過疎地などでは、数十万円の出費に抵抗感のある住民も少なくなく、人口の目減りとあいまって、自治体の予測した通りの使用料の徴収を難しくしている。

 計画から供用開始までの工事期間が長いことも、難点の一つ。処理場予定地の地元住民の同意を取りつけるのに時間がかかるケースもあり、その間は生活排水の垂れ流しが続く。浄化槽は10日から2週間ほどで整備できるのがメリットだ。また浄化槽の設置は資格さえあれば中小業者でも可能で、地元業者の育成にもつながるとされている。

 ただ、浄化槽は、下水道のように1カ所の処理場で集めた水を一括浄化するのと異なり、住民それぞれが保守、点検を怠ると、機能が落ち、汚水が十分浄化されないまま、外に流れ出す恐れもある。

 厚生省は、こうした点に配慮して「特定地域生活排水処理事業」を自治体に勧めている。同事業は、個人が合併浄化槽を設置し、その費用に国などが補助金を出すのでなく、自治体が一軒ごとに敷地の地下を無償で借り受けて合併浄化槽を埋設。その後の管理も、各家庭からの委託料で、自治体が行うシステムだ。

 個人で設置する場合は、設置費用の約6割が住民の負担になるが、同事業だと国庫補助が増額されるために1割で済むというメリットもあり、秋田県二ツ井町など全国で50を超える自治体で採用されている。

 このほかにも、処理水を流す放流路を設けなければならないことや、設置する敷地の確保、リン除去といった高度処理が難しいなど、合併浄化槽が抱える課題もあるが、厚生省浄化槽対策室の熊谷和哉室長補佐は「自治体にとって、全域を合併浄化槽や下水道一辺倒で整備する必要はなく、どういう組み合わせがベストか考えてほしい」と話す。

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 ◆合併浄化槽
 台所やトイレなどからの水はいくつかの槽を通る間に、微生物によって汚れが分解される。次に「沈殿槽」で固形物が沈殿し、上澄みは「消毒槽」へ。塩素消毒などを施されて外に放流される。使用人数によって5人槽、7人槽などがあり、7人槽は自家用車がすっぽり入る車庫ほどの大きさ。下水道との経済性比較マニュアルによる本体価格と設置費用の合計は、5人槽で88万8000円、7人槽で102万6000円。(朝日新聞2000.12.17)

官庁も「発想の大転換」 

「河川ははんらんする」ことを前提に、河川審議会答申へ
 治水、ダム・堤防頼りから転換、洪水に強い街に 

 建設相の諮問機関、河川審議会(古川昌彦会長)は19日に開く総会で、ダムや堤防だけに頼らず、川はあふれるという前提に立って流域全体で治水対策を講じるべきだ、とする提言をまとめ、建設相に答申する方針を固めた。降雨は早く安全に川から海に流すことが明治以降の近代治水の前提だったが、「洪水と共存する治水」へと抜本的転換を図ることになる。ダムの規模や堤防の形態など、各河川の既存治水計画に影響を及ぼすことになりそうだ。

 河川審議会は省庁再編で再編成されるため、今回が最後の答申となる。

 審議会は、この1世紀の治水対策がダム建設や堤防強化などによって成果を上げ、特に下流域の都市開発に大きく貢献したことを認める一方で、自然環境に与えた影響が深刻だったことを改めて確認した。

 答申では、川ははんらんするという前提で、ダムや堤防といった河川改修だけに頼るのではなく、河川の流域ですでに人が生活しているところに「はんらん域」を設定。家屋や車などの財産を守り被害を最小限にくい止める工夫として、集落や耕地を堤防で囲む輪中堤(わじゅうてい)の復活や住宅地のかさ上げのほか、四国の吉野川両岸に今も残る竹林のような水害防備林を整備する、といった具体策を盛り込む。

 はんらん域については、場合によっては災害危険区域の指定など、土地利用の規制の必要性にも言及。ハザードマップを実用化し、住民への情報提供も検討すべきだとした。

 建設省によると、今年9月、名古屋市とその近郊で破堤したり内水排除ができなかったりして、大規模な浸水被害が発生。8000億円を超える被害が見積もられている。東京都や福岡市でも昨年、地下部分が浸水して死者が出るなど、新しいタイプの水害も起きている。こうした例から、洪水を完全に防ぐことは現実的でなく、むしろ災害に強い街づくりを進める方が肝心との考えに立った。

 建設省管理の一級河川は、おおむね100−200年に一度の洪水を想定して治水対策を立てている。これらの中には、ダムや堤防といった構造物の建設が進まず、計画実現のめどがたっていない河川がある。一方、想定以上の洪水に対応策のない河川も少なくない。

 委員の一人は「従来は河川の人工化を図ってきたが、完ぺきに洪水を押し込めることはできない。自然の川の性質と機能を尊重する時期にきている。河川行政が大転換を図るきっかけになる」と話している。(2000.12.18 朝日新聞)


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