水の科学・化学館③     


とは? そもそも・・・   
水 みず Water
 分子式H2Oであらわされる分子の液体状態を水とよぶ。
 古代の哲学者はすべての液体を象徴する基本元素とみなし、この考え方は18世紀の後半までつづいた。
1781年イギリスの化学者H.キャベンディシュは、水素と空気の混合気体を爆発させ水をつくることに成功した。 彼はこの実験でなぜ水が生ずるのか正しく説明できなかった。
 しかし、2年後フランスの化学者A.L.ラボワジェ が水は元素ではなく、酸素と水素からできている化合物であることをたしかめ、キャベンディシュの実験結果を 説明することができた。
 1804年フランスの化学者J.L.ゲイリュサックとドイツの博物学者A.フンボルトは共同して,水素と酸素の体積比が 2:1の割合で化合して水が生ずることをしめし、水の分子式H2Oが明らかにされた。 ほとんどすべての水の水素原子の原子量は1である。
1932年アメリカの化学者、H.C.ユーリーは、6000分の1というひじょうにわずかではあるが、重水素と酸素からなる 重い水、つまり重水D2Oが存在していることを発見した。 重水の水素成分、重水素は原子量2の水素の同位体である。
 1951年にはアメリカの化学者A.グローセは、水素のもう ひとつの同位体で原子量が3である三重水素、つまりトリチウムからできている水分子T2Oも、きわめて少量ではあるが天然水中にふくまれていることをしめした。

性質
 純粋な水は無味、無臭、無色透明の液体である。
 標準大気圧、760mmHgつまり760トルでの水の融点は0ーC、沸点は100ーCである。
 水の密度は4ーCでもっとも大きく 水がこおると体積がふえる。
 ほかの液体と同様、水も過冷却な状態をとり、融点以下になっても液体のまま存在することがある。 こおらせることなく水を-25ーCまで冷やすことは実験室でも大気中でも簡単にできる。 過冷却状態の水は、ゆすったり、温度をさらにさげたり、氷の結晶などの粒子をくわえると凝固する。
 水の物理的性質は、1gの水の温度を1ーC上昇させるのに必要な熱量を1calとするなど、カロリー、比熱、潜熱 および質量の単位、1gの定義などの基準としても、もちいられている。
 水には物質をとかす性質があるだけでなく、とかした物質つまり溶質のイオン化を促進する性質ももっている。 また、水はほとんどすべての物質をいくらかでもとかすことができるので、万能溶媒とよんでもよいかもしれない。 水は塩とむすびついて、塩の水和物をつくることもある。 金属の酸化物と反応して酸(→ 酸と塩基)を生じたり、多くの重要な化学反応の触媒としてもはたらく。

存在
 水はふつうの温度で固体、液体、気体という3つの状態をとることができる、ただひとつの物質である。
 氷河や万年氷、冬に凍結した水の表面、雪、あられ、霜は、固体の水、つまり氷である。 また多くの雲にも氷の結晶がふくまれている。雨雲の水滴、植物におりる露などは液体の水であるが、地球表面の 4分の3が沼地、湖、河川および海洋という形で水におおわれてもいる。 霧、蒸気、雲は水の気体すなわち水蒸気である。 大気にふくまれる水蒸気の量はふつう湿度としてあらわされる。
 表層の土壌には湿気がある。この水は吸湿水とよばれ、水が土壌粒子に吸着したり、毛管現象で保持されているものである。 この吸湿水にはふつうの自由水にはない特徴もある。 このような水は地下にはあるが、地下水とはよばず地中水という。 いっぽう、重力にひっぱられ地下の岩のわれ目などにたまる巨大な量の地下水は、井戸や泉となって地上にわきでたり 乾季でも水がかれることなく、ながれつづける川の水源となっている。

生命と水
 水は生物の主要成分であり、生物の重さの60〜80%は水の重さである。
 細胞の構成要素でもっとも大切なひとつ、原形質は、脂肪、炭水化物、タンパク質、塩およびそのほかいろいろな物質が 水にとけたもので、これらの物質の水溶液からできている。
 水はこのように溶媒としてはたらいているが、さらに、これら物質の輸送、結合と分解にもかかわっている。 ほとんど水でできているといってもよい動物の血液や植物の樹液は、栄養物の運搬や老廃物の除去をおこなっている。 また、水はタンパク質や炭水化物のようなひじょうに重要な物質の代謝や分解の鍵(かぎ)となる物質でもある。 生きている細胞でつねにおこっているこの分解は加水分解とよばれる。

水の循環
 地球における水の分布、天然物質と水との間でおこる物理的、化学的反応、また地球上の生命と水との関係などを 研究する科学を水文(すいもん)学という。
 水面や地表の水が熱せられて生じた水蒸気や、生物から発散された水蒸気が 大気にのぼると冷えて凝結し、雨や雪となり地上にふたたびもどってくる。 このように地球と大気の間でおこる水の移動を水の循環とよぶ。
 地上に降った水は2つの行方をたどる。 どちらの行方をたどるかは、雨の強さ、土壌の多孔性、浸透性、厚さおよび土壌の湿気などによってきまる。
 水の一部は、いわゆる表面に流出して、直接小川や河川にながれこみ、さらに海洋へながれこむ。 この水は、大陸でかこまれているので陸封水といわれる。残りの水は、土壌にしみこむ。 しみこんだ水の一部は土壌中の湿気となるが、この水は直接太陽にあたためられ蒸発したり、植物の根から吸収され 葉から蒸散される。 土壌に凝集ないし付着しなかった水はしみこんで地下に移動していき、飽和帯としてたまり、地下の巨大な貯水槽となる。 この飽和帯の上面を地下水面という。 ふつう地下水面は水が補充されると上昇し、そこで泉などとして地上に水を放出すると,ふたたびさがる。

水の成分
 水には数多くの物質を多量にとかすことができるという特徴がある。
このために、天然には純粋な水はほとんど存在しない。 水蒸気が大気中で凝結して地上にふることをくりかえすあいだに、大気中の二酸化炭素などの気体や、少量ではあるが 有機物や無機物が、雨や雪に吸収され地上にはこばれてくる。放射性物質がはこばれてくることもある。
  地表や地殻をうごきながら、水は土壌や岩石中のミネラルをとかす。 地表水や地下水にとけているおもなものは硫酸イオン,塩素イオン、ナトリウムやカリウムの重炭酸塩、カルシウムや マグネシウムの酸化物などである。 表面水には生活廃水や産業廃棄物もふくまれている。 浅い井戸の地下水にはヒトや動物の排泄物からでる大量の窒素化合物や塩素がふくまれている場合もある。 深い井戸からえた水にはふつうミネラルしかふくまれていない。アメリカでは飲料水にフッ素をまぜている場合が多いが これは適量のフッ素が虫歯をふせぐことがわかったためである。
 海水には塩(しお)が濃縮されているが、塩以外にも多くの可溶性物質がとけこんでいる。 また、いろいろな物質をとかしこんだ河川や川の水がたえず海洋にながれこんでいる。 海洋では、蒸発によって純粋な水だけがつねにうしなわれゆくので、そのままでは海水を塩からい味にしている不純物の 割合がどんどん増加していく。

水の浄化
 不純物がとけたり、懸濁したりしている水はつかえないことがある。
 このようなこのましくない有機物質や無機物質をふるいわけたり、沈殿させたりしてとりのぞく方法がある。 たとえば、活性炭にいやな味やにおいの原因物質を吸着させたり、フィルターなどをつかって濾過したり、伝染性の 微生物を殺すのに塩素殺菌したり紫外線を照射したりする。 エアレーション、つまり水を空気にさらす方法もある。 もっとも普及しているのは、水を空気中にふきだし水を空気にさらす方法で噴水がその例である。 エアレーションによって、嫌な味や臭いの原因となっている有機物質を分解してのぞくことができるばかりでなく 塩素のような揮発性のガスやフェノールなどの産業廃棄物をものぞくことができる。 また、鉄やマグネシウム化合物が水にとけている場合にも、この水溶液を空気にさらすと、これら化合物が水酸化物 にかわり沈殿するので、やはり簡単にのぞくことができる。
 水の硬度は、おもに水にとけているカルシウム塩とマグネシウム塩の量によってきまるが、このほかに鉄やアルミ ニウムなどの金属にもよる。これら金属がとけている量が多い水を硬水、少ない水を軟水とよぶ。
 カルシウムやマグネシウムが炭酸水素塩としてとけている硬水は、消毒をかねて煮沸すると、これら金属が炭酸塩に かわり沈殿してのぞかれ軟化するので、一時硬水という。
 これに対し、硫酸塩などとしてとけている場合は煮沸しても沈殿しにくいので永久硬水という。 永久硬水を軟化するには、炭酸ナトリウムや消石灰をくわえたり、天然沸石や人工的につくられたゼオライトを もちいたイオン交換法などがある。ゼオライトで永久硬水を濾過すると、硬水中の金属イオンがそこに吸着し、かわりに ナトリウムイオンが水に放出され軟水となる。洗剤中の沈殿防止剤が水の軟化に役立つこともある。
 飲料水に鉄がふくまれていると嫌な味がする。 この鉄はエアレーションによって沈殿させたり、イオンを吸着除去する沸石フィルターをとおしてのぞいたり ポリリン酸塩などを加えてやわらげる。 研究室では、蒸留やイオン交換樹脂でイオンをのぞいた精製水がつかわれる。



海水を淡水化する方法
 世界の人口増加や近代工業の発展にともない水の需要がましており、今後もこの傾向がつづくことがみこまれている。 とくに乾燥地帯や半乾燥地帯での水の必要性が、かつてないほど増大するにつれて、海水や淡海水から塩分をとりのぞき 飲料水や工業用水をとりだす海水淡水化技術の開発研究が盛んにおこなわれるようになった。
 アメリカでは内務省の土地改良事務局によって海水の淡水化開発研究が管理されており、日本でも通産省やその外郭団体 の造水促進センターなど国の機関だけでなく、民間企業による開発研究が盛んにおこなわれている。 また開発研究のみならず、海水から淡水を低コストでとりだせるいくつかの方法がすでに実用化されている。
 海水の淡水化技術には、大きくわけて次のような方法がある。 蒸発法、特殊な膜をつかう逆浸透法と電気透析法、および冷凍法である。

蒸発法
 海水を熱して水を蒸発させ、その蒸気を冷却して淡水をとりだす蒸発法には、多重効用式蒸発法、蒸気圧縮蒸発法、および多段 フラッシュ蒸発法などがある。
 もっともよくつかわれている多段フラッシュ蒸発法とは、海水をあたためそれをポンプで低圧室に おくると、海水中の水が瞬間的に蒸発、すなわちフラッシュして蒸気となる。 この蒸気を冷やし、凝縮した淡水をとりだすという方法である。 蒸発法はスケールメリットがきく方式であり、大量の淡水をとりだすことが可能である。 しかし、蒸発させる段階でエネルギー、とくに石油を大量に消費するという欠点があり、中東地域など石油生産地に適した方法とも いえる。

逆浸透法
 逆浸透法では、海水中の塩分をほとんどとおさないが、水分子は自由にとおる特殊なうすい半透膜をもちいる。
 半透膜の片側に溶媒、この場合は淡水をおき、反対側に溶質、この場合は海水をおくと、水分子が海水側に浸透してゆき海水が うすめられる。水分子の浸透は、海水側に圧力をかけるとおさえられるが、この圧力が浸透圧である。浸透圧より大きい圧力を 海水側にくわえると、逆に、海水中の水分子が半透膜をとおって淡水側におしだされる。この原理にもとづいて、海水に圧力をかけ 半透膜におしつけ、膜をとおってくる淡水をとりだす方法が逆浸透法である。
 この方法はエネルギー消費量が少ない海水の淡水化法として注目され、研究開発がすすめられてきた。またすでに実用化されており その利用率も年々ふえててきている。

電気透析法
 膜をつかって、おもに淡海水を淡水化するのにもちいられている方法が電気透析法である。
 塩分が水にとけると、陽イオンと陰 イオンにわかれる。陽イオンのみをとおす陽イオン交換膜と、陰イオンのみをとおす陰イオン交換膜で隔離された間に淡海水を いれ、陰イオン交換膜の外側を陽極に、陽イオン交換膜の外側を陰極にして直流電圧をかける。
 すると、陰陽両イオンはおのおの膜の外側にひきぬかれ、膜と膜の間に淡水がのこるので、この淡水をとりだす。 この方法は、溶液中のイオン濃度が高くなるとそれだけ電力、すなわちエネルギーが必要となるため、おもに塩分濃度の低い 海水の淡水化にもちいられている。
 1962年アリゾナ州の町でこのプラントが操業し、その町のすべての水を供給した。1日に約250万リットルの水を、6300リットル 当たり約1ドルで供給した。

凍結法
 純粋な水にくらべ、塩水の融点は低い。この性質を利用して淡水をとりだす方法が冷凍法である。
 塩水を徐々に冷やしていくと氷 ができるが、氷自体には塩分はふくまれていない。 この氷についている塩分をあらいながしてから、氷だけをとかして淡水をとりだすというものである。この方法では、氷の間に のこる塩分を完全にとりのぞくことがむずかしいという欠点があり、現在あまり普及していない。

そのほかの淡水化技術
 このほかまだ実用化されてはいないが、水蒸気はとおすが液体の水はとおりにくい膜をつかう透過気化法という、蒸発法と膜を つかう方法の長所をくみあわせた方法の研究がすすめられている。
 この方法は太陽熱でまかなえる運転温度であること、原水の塩分濃度にあまり依存しないで良質の淡水がえられるなどの長所がある。 1992年におこなわれた造水促進センターの調査によると、海水淡水化事業によってとりだされる世界の淡水の量を方法別にみると 蒸留法が61%で、このうち多段フラッシュ蒸発法がもっとも多く、全体の52%、多重効用式蒸発法5%、蒸気圧縮蒸留法4%である。 ついで、逆浸透法33%、電気透析法6%、冷凍法はかぎられたところでしかつかわれておらず、数字のうえでは0%である。
 またとりだされた淡水の用途は、62%が飲料水、25%が工業用水である。 地域別にみると、中東55%、アメリカ15%、ヨーロッパ9%、アジア8%、アフリカ7%などである。日本では工業用水や、離島などの 飲料水用につかわれている。しかし近年日本でも、 都市の水不足が深刻になってきている。
 日本はアジアモンスーン地帯にあり 雨や雪が多いように思われるが、人口一人当たりの降水量でくらべてみると、世界平均の約5分の1程度にすぎない。 そこで、四方を海でかこまれた日本にとって、無尽蔵に存在している海水から淡水をとりだす海水淡水化技術によって、離島のみ ならず都市の飲料水や工業用水をえることは必要不可欠であり、着々と計画もすすんでいる。
 また日本は、すでに有数の海水淡水化事業国でもある。たとえば、世界の多段フラッシュ蒸発法プラントの49%が、また全プラントを 平均しても33%が日本製であることからも、日本の寄与の大きさがわかる。
 海水の淡水化事業で第1の問題点は、淡水をつくるのにかかるコストである。1日に380万リットル程度の淡水をつくることができる プラントを石油などの通常燃料で運転すると、3800リットル当たり1ドル以上のコストがかかる。 このようなプラントを数多くうごかせば、大量な水を供給することはできる。 しかし、費用がかかりすぎて、供給できるのは水不足がきわめて深刻な地域にかぎられてしまう。ちなみに、井戸や貯水池から家庭に おくられる水道水のコストは、約3分の1以下、灌漑につかう水のコストは約20分の1である。 しかし最近では、飲料水や工業用水をえるためのダムの建設費のほうが、淡水化プラントよりも高くなる場合もあり、淡水化事業の 低コスト化もすすんできている。
 コストを下げるために、アメリカでは原子力エネルギーをもちいた海水の淡水化プラントが計画 されているが、この計画では淡水の値段がふつうの水道水程度になるはずである。 飲料水として適している水は、塩分が0.05%以下の水である。ふつう淡水化にかかる費用は、原水にふくまれている塩分の量に応じて 高くなる。これは海水をもちいるより、淡海水をもちいたほうが遥かに有利であることをしめしている。 ちなみに、海水はほぼ3.5%の塩分がふくまれているのにくらべ、淡海水には0.1〜0.45%しかふくまれていない。


水資源」としての水 みずしげん 
 地球上の天然飲料水のおおもとは雨だが、海水にかこまれた孤島以外では直接の水源としてはつかわれない。
 孤島では唯一の水源である雨水をあつめ貯水タンクにためている。 雨がふると地表で流れをつくり、あるいは地面にしみこんで多孔質の地層で濾過(ろか)され、水が浸透しない層に到達し たまって地下水となる。地下水は井戸や、小川や河川、湖への水の供給源である。地下に浸透する間に地下水は可溶性の 無機質をとかしこむが、河川や湖の地表水は生活廃水や工場廃水の流入によって汚染される。
 現代の水供給システムでは、ある流域全体を、水の汚染をさけるため管理している。 水はダムにたくわえられ、重力のはたらきによってながれおち、ポンプで地域の給水施設におくりこまれる。

水源
 水質は水源によって大きくちがう。地表水は一般的に地下水よりも大量のにごりや細菌をふくんでいるが、地下水は 高濃度の水溶性物質を溶解している。海水もまた高濃度の水溶性化学物質と微生物をふくんでいる。
 水源によって水質が大きくちがうため、法律で飲料水の基準をさだめている。 同様の水質基準はすべての地域、および世界保健機関(WHO)でさだめられている。 飲料水として供給するためには、処理ずみの水にふくまれる化学物質や細菌の濃度が安全基準にさだめられた範囲内で なければならない。

処理
 水の不快な味やにおいは、空気をふきこんで水に溶存する酸素によって有用なバクテリアを活性化するエアレーションと いう方法でとりのぞく。
 細菌は1リットルあたり1〜2mgの塩素で殺菌し、塩素のにおいを硫酸ナトリウムでけす。 硬水の度合が高く、工業用に適さないときは消石灰(→ 石灰)などをくわえたり、沸石でイオン交換して軟水にする。 細菌を多くふくむ有機懸濁物や無機懸濁物は、ミョウバンなどの凝集剤をくわえたのち、濾過して除去する。 虫歯をふせぐ手段として公共の水道水に人工的にフッ素を添加することもある。

歴史
 狩猟民や遊牧民は、新鮮な水をたたえた天然の水源の近くに居住したが、人口密度が低く、水の汚染はほとんど 問題にならなかった。
 農村から都市へと変貌(へんぼう)すると、都市をとりまく農村での灌漑とおなじく 都市生活者への水の供給が重要になってきた。灌漑は先史時代からおこなわれた。 前2000年以前にバビロニアやエジプトの支配者は、ユーフラテス川やナイル川の氾濫した水をたくわえるダムや 運河をつくって、川の氾濫をコントロールし、乾季には灌漑をほどこした。 灌漑用の運河は生活用の水も供給した。
 最初に水の衛生に配慮したのは古代ローマ人で、前312〜226年の間に 大規模な水道システムを建造し、アペニノ山脈から数十kmもきれいな水を都市までひき、さらに水の透明さを たもつため、水道本管にそって溜め池や濾過池をもうけた。 このような広範囲の水供給システムはローマ帝国の崩壊とともに衰退し、そのほかの国では地域の泉や井戸を 家庭用や工業用の水源としていた。
 16世紀半ばにイギリスで押上ポンプが発明され、水供給システムの発展があった。 1562年ロンドンで、世界最初のポンプによる水供給がおこなわれた。このシステムは、テムズ川の水を水面から 37mの高さにある貯水槽までポンプでくみあげ、貯水槽から近隣の建物に導管でひいたもので、貯水槽の水は重力 にしたがって導管にながれこむ。
 アメリカ合衆国初の市営ポンプステーションは1760年につくられ、ペンシルベニア のベツレヘムの町に水を供給した。このポンプステーションは13cmの木製ポンプをつかい、カナダツガに穴をあけた 管をとおして、水を約21mくみあげた。
 1800年までにアメリカ合衆国では、16の都市で水供給システムが建設され そのときまでにほとんどすべての町で水資源は公営のものとなっていた。 公営のシステムにくわえて、多くの州では治水や水力発電の副産物として灌漑用水、工業用水、家庭用水が 供給されるようになった。
 日本では、1590年の神田上水、1654年の玉川上水など、江戸期に水源から傾斜を利用した給水設備が建設された。 水処理とポンプによる送水がはじまったのは、1887年(明治20)以後である。


水汚染について みずおせん Water Pollution
 微生物、化学物質、産業その他の廃棄物、下水などの異物による水の汚濁。汚染によって水質は悪化し、本来の用途に適さなくなる。

おもな汚染物質   水を汚染する物質には次のようなものがある。
(1)下水など、酸素を要求する廃棄物:これらの大半は炭素をふくむ有機物質でこうした物質の分解によって酸素がうばわれる。
(2)伝染性の病原体。
(3)植物の栄養物質:水生植物の増殖をひきおこすことがあり、そのために水がつかえなくなる。また水生植物が腐敗すると、水中にとけている酸素をうばい、悪臭を発生する。
(4)外部から侵入した有機化学物質:殺虫剤 さまざまな工業製品、合成洗剤の成分である界面活性剤、そのほかの有機化合物の分解物など。
(5)石油:とくに流出した原油。
(6)無機物および無機化合物。
(7)沈殿物:農地、むきだしの土壌、露天採鉱場、道路、ブルドーザーでほりかえされた市街地などから嵐や洪水によってはこばれた土や鉱物の粒子の沈殿物。
(8)放射性物質:ウランやトリウムの採鉱および精製からでる廃棄物、原子力発電所、あるいは工業でつかう放射性原料や医学、科学の実験材料を発生源とする。工場や発電所の冷却水の放流によって、水域の水温が上昇する場合には、熱も水の汚染物質とみなされる。

広範な影響
 水汚染は、人間の健康にも大きな影響をあたえる。 飲料水にふくまれる硝酸塩が原因で、幼児が病気にかかることがあり、ときには死にいたることすらある。 汚泥(スラッジ)を原料とする肥料にふくまれるカドミウムは、作物に吸収されることがある。これが体内に大量にとり こまれれば、急性の下痢をおこしたり、肝臓や腎臓をいためることがある。水銀、ヒ素、鉛、クロムなどの重金属が 有害であることは、昔から知られていたか、少なくとも疑いがもたれていた。→ 水俣病

富栄養化
 湖沼はとくに汚染をうけやすい。問題の1つである富栄養化は、湖沼の栄養物質が人為的にふやされ、そのために水生 植物が異常に増殖するときにおこる。農地から流出する化学肥料がこの原因となることもある。
 富栄養化によって、 水は異臭・異味をもち、アオコという藻類のために水面がみにくい緑色になるなどして美観をそこなうほか、水底に根づいた 植物が繁茂し、湖沼の深水層や水底の酸素が減少し、硬水では炭酸カルシウムの沈殿などの化学変化がおこる。
 最近ますます問題になっているのは酸性雨で、これが原因でアメリカ合衆国北東部やカナダの多くの湖沼では、生物が 全滅してしまった。


汚染発生源と防止  水汚染の発生源は、生活排水、工業排水、農業排水にわけられる。

生活排水
 生活排水とは、家庭および公共施設、商業施設などからでる下水である。
 長年にわたって、公共の下水処理のおもな目標は、浮遊物質、酸素要求物質、溶解している無機化合物(とくにリンや窒素の 化合物)、有害な細菌の成分を減少させることだけであった。しかし、最近では下水処理で発生する残留固体、 すなわち汚泥処理法の改善が重視されるようになっている。
 公共の下水処理の基本的な方法は、3段階にわかれる。
1次処理では、砂塵(さじん)の除去、スクリーンによる浮遊物の除去、粉砕、凝集、沈殿などがおこなわれる。
2次処理では、微生物をふくむ活性汚泥の働きで有機汚濁物質が酸化分解され、汚泥はそのあとフィルターでとりのぞかれる。
3次処理では、生物学的処理によって窒素分が除去され、また粒子の濾過(ろか)や活性炭による吸収などの物理的および化学的 処理がおこなわれる。
 下水処理プラントの経費の25〜50%が、残留物の処理にかかることがある。

工業排水
 工業排水の特徴は、工業の種類ごとにも、また同一の工業内でも内容がいちじるしくことなることである。 工業排水の影響は、生物化学的酸素要求量(BOD)や浮遊物質のような総合的な測定項目だけでなく、特定の無機物質や有機物質 によってもかわる。
 工業排水の管理には3つの方法がある(これらの組み合わせも考えられる)。 まず、下水が発生した時点で、プラント内で管理することができる。つぎに、下水を処理してから公共の下水にながす方法が 考えられる。あるいは、下水をプラントにおいて完全に処理してから、ふたたび生産工程でつかうか、そのまま公共水域に 放流する方法がある。

農業排水
 牧畜や養鶏をふくむ農業は、上水道および地下水を汚染する多くの無機・有機物質の発生源である。 これらの汚濁物質には、農地の浸食からおこる沈殿物や、動物の排泄物、市販の肥料などからのリンや窒素の化合物などがある。
 動物の排泄物には酸素要求物質、窒素、リンが多くふくまれ、また病原体もしばしばすみついている. 肥料からでる廃棄物は農地にのこる。そのため、これらの物質をふくむ水が地表で流出したり土壌にしみこんだりして 自然水域にはいる。農業排水の管理としては、ため池の設置、一定限度の好気性および嫌気性の生物学的処理など さまざまな方法がある。


海洋汚染
 アメリカでは、最少でも年間4500万t以上の廃棄物が、直接海に投棄されると推定されている。 このうちの約80%は、浚渫による廃棄物、10%は産業廃棄物、9%は下水汚泥である。
 有毒物質の存在、海洋生物による 汚濁物質の急速なとりこみ、沿岸海域への大量の沈殿、のぞましくない生物の過剰な増殖など、海洋汚染のさまざまな 要素がすべてくみあわさって、海洋に重大な影響をあたえる。

原油流出 
 不慮の事故による石油の大規模な流出は、沿岸水域の汚染の重大な原因のひとつである。
 原油輸送用の大型タンカーの 事故による原油流出は、とりわけ大規模であるが、それ以外にも多くの船舶からの廃油が流出し、また沖合海底での 石油ボーリングも汚染の重大な発生源である。ある推定によると、輸送される原油の100万tにつき1tは流出しているという。
 これまでに記録されたもっとも大きな原油流出事故には、1978年にフランス沖でおこったタンカーのアモコ・カディス号 の事故(160万バレルの原油が流出)や、79年にメキシコ湾でおこったイキソトックT油田の事故(330万バレル)がある。
 アメリカにおける最大の原油流出事故は、89年3月にアラスカ湾のプリンス・ウイリアム・サウンドでおこったタンカーの エクソン・バルディーズ号の事故で、24万バレルの原油が流出した。 原油は強風のもとで、1週間以内に6700km2の海面にひろがり、湾の全域にわたって生態系と漁業資源をおびやかした。
 1983年のイラン・イラク戦争および91年の湾岸戦争によるペルシア湾での大量の原油流出は、湾全体、とくに海洋生物 に膨大な被害をあたえた。



糞便について ふんべん Feces
 腸から排出される食物の残りかす。
 蠕動(ぜんどう:意思とは関係のない腸の収縮)運動と消化作用によって部分的に消化された食物は 小腸から大腸へおくられ糞塊を形成しはじめると考えられる。 消化器系が正常にはたらいているときは糞便は粘液性の分泌物やセルロースのような未消化物、消化 できなかった食物からできている。 また肝臓、膵(すい)臓、その他の消化腺から分泌された少量の腸液、白血球、上皮細胞、小腸壁の 細胞片、脂肪の小滴、窒素性タンパク質生成物、無機塩類、水、数多くの細菌などもふくまれている。
 ヒトの糞便の重量の3分の1は細菌の破片で占められていると思われる。平均1000億個の細菌が毎日 1人のヒトから排出され、75種類以上の細菌が糞便中にみられる。
 ヒトの便の不快なにおいは、おもに二環系有機化合物のスカトールC9H9Nによる。単孔類の哺乳類 鳥類、爬虫(はちゅう)類、魚類、多くの下等動物では、糞便は排出される前に尿とまざる。
 糞便の物理的・化学的性質は、食事の影響をそれほどうけない。 たとえば、炭水化物だけの食事をしているときの糞便と、タンパク質だけの食事をしているときの 糞便の成分はあまりかわらない。ひどく空腹のときは糞便の量はへり、色はほとんど黒色であるが その化学的組成は本質的にはかわらない。セルロースを多くふくむ食物をとると、便の量が多くなる。 ヒトの胎児は液体しか摂取しないが、生まれてすぐに胎便とよばれる半固体状の緑色をおびた暗褐色 の糞塊を排泄(はいせつ)する。
 医学的には、便の検査は重要な診断方法のひとつとなっている。 肉眼でみた便のようすと顕微鏡検査の結果によって、消化器官の機能がしらべられる。 たとえば、うすい色の便や脂肪分の多い便であれば膵臓に障害があることをしめし、黒い便であれば 胆汁が過剰にでていることをしめす。便秘では便はかたく、消化不良をおこしているとやわらかくて水っぽい。
 便の顕微鏡検査が重要となるのは、寄生虫の類、とくに病気と関係のあるような寄生虫がいるかどうか をしらべるときである。 膵臓に疾患があればタンパク質はじゅうぶんに消化されず、筋肉線維が過剰に糞便中にはいる。 胃や大腸に潰瘍(かいよう)か癌があると、糞便中に少量の血液がまざる。大量の血液がまざると黒色便となる。 大腸下部か痔が原因の肛門からの出血では、血液は変化しないまま糞便中に排泄されて、便は鮮やかな赤色になる。 牛や馬などの家畜の糞は、肥料としてひろく利用されている。

泌尿器系について ひにょうきけい Urinary System
 腎臓、尿管、膀胱、尿道からなる器官系で、尿をつくって体の外にだす働きをする。
 腎臓でつくられた尿は尿管から膀胱へおくられ、そこで一時ためられてから、尿道をとおって体の外へでる。 膀胱から尿道への入り口は、自分の意志ではうごかせない括約筋でできているが、尿道の出口は自分の意志で うごかせる尿道括約筋でかこまれている。 膀胱にたまった尿の量がふえると、膀胱の筋肉が収縮して尿道の入り口の括約筋がのび、尿が尿道におくられる。 すると、尿道の出口の括約筋がのびて尿をおしだす。 この括約筋はふだんは尿がもれないように収縮し、排尿を随意的にコントロールしている。 しかし、おさない子供はそれができないため、膀胱がいっぱいになるとがまんできずに、「おもらし」や「おねしょ」 をする。
 排尿したいという気持ちは精神的な影響をうけやすく、びっくりしたり、こわい思いをしたりすると、大人でも 失禁する(尿失禁)ことがある。また、老年性痴呆では、排尿を我慢することができない。 逆に、尿道括約筋が痙攣(けいれん)したり、結石で尿道がつまっていたり、手術などで膀胱の筋肉が緊張しなく なったりすると、排尿ができなくなる。 健康な尿は、透明で黄色みをおびた液体である。
 ふつう成人で、1日約1500ミリリットルの尿を排泄(はいせつ)する。 正常な尿の成分は96%が水分で、残りの4%のうち、約半分は尿素、あとは窒素、塩化物、ケトステロイド リン酸塩、硫黄、アンモニア、クレアチニン、尿酸などである。
 尿にあらわれる病気 排尿回数と量が異常にふえるのは尿崩症の特徴で、また糖尿病でも回数や量はふえる。 高い熱がでたり、熱がつづくときは、脱水症状がおきて尿の量が少なくなる。 腎臓の炎症や体の酸度のバランスがくずれても、尿の量はへる。 尿はまた、その成分で病気のサインをだしている。したがって、尿を検査すれば、どこに病気があるかがわかる。 血清タンパク質が尿にまじったタンパク尿がでると、腎臓の病気がおきているサインである。 ブドウ糖が尿にでれば糖尿病、膿(うみ)と細菌がまじっていれば泌尿器系の感染症、赤血球が発見されれば 尿路系の癌または出血がうたがわれる。尿酸の量が異常に多いのは、白血病と痛風である。 薬物の結晶がみられれば、腎臓の働きがわるいために薬が処理されずにたまっていることの徴候である。
 また泌尿器系のどこかに結石(→ 尿路結石)があると、痛みや血尿とともに尿にさまざまな成分があらわれる。 尿の色をみると、肝炎の患者の尿は胆汁色素がでて、黒っぽくなる。 動物の泌尿器系 爬虫(はちゅう)類や鳥類の泌尿器系には、水分を回収する働きがある。ヒトはタンパク質を代謝して尿素をつくるが これらの動物は尿酸をつくる。尿酸は水にとけないため、尿も固形物になる。 また魚類の中には、尿をこくすることによって浸透性をたもち、体が水分を回収しためておくものがある。



水道 すいどう Aqueduct
 水をはこぶためにつくられた人工的な水路。ふたなしあるいはふたのある水路、トンネルパイプラインなどの形式がある。水路橋は谷や川をこえて水路をつなぐためのものである。
 灌漑(かんがい)とは独立して水道がつくられたのは前1000年ごろと考えられ、古代インダス文明やメソポタミア文明の遺跡からも施設の一部が発見されるが、古代世界でもっとも広範囲に建設されたのは、古代ローマ人の水道システムである。
最初に建設されたアッピア水道は長さ16kmをこえる地下水道で、前312年にアッピウス・クラウディウス・カエクスの治世下でつくられ、その名にちなんで命名された。
 ローマのメルシャン水道は前144年に執政官マルシウスによって建設されたもの
で、ローマで最初の地上水道である。そのうち橋になっている部分は16kmにおよぶ。
 古代ローマには9つの水源と11系統の水道があり、1日当たり100万m3もの水を都市に供給し、総延長は400kmに達していた。
現在でもそのごく一部が、ローマの噴水に水をはこぶのにつかわれている。古代ローマ人は帝国のすみずみまで水道をはりめぐらせ、その一部もまだのこっている。
 時代がくだって、ロンドンでは1581年、パリでは1608年に水源から水車で水をあげて配水する水道が設置された。
 日本では1590年に着工されたといわれる神田上水をはじめ、江戸の町に大きく6系統の似たような水道があった。
 濾過(ろか)した水を鉄管でくばる「近代水道」がはじめて敷設されたのは横浜市で、1887年(明治20)のことである。その後、函館、長崎に整備され、東京市は91年に着工、17年におよぶ工事をへて1908年に完成した。明治から大正にかけて60余りの都市に近代水道がもうけられた。
 アメリカ、ヨーロッパでは、広域水道が利用されているが、世界最大規模の広域水道システムは、アメリカのカリフォルニア州南部に水を供給しているもので、主要な水源はコロラド川である。水はコロラド川のパーカー・ダムからサン・バーナディーノ山脈をこえて、カリフォルニアのマシュー湖まで389kmもはこばれていく。
 カリフォルニア州南部に水の供給をふやすために、水路、パイプライン、トンネルからなるシステム
を建設する州の水道プロジェクトが1960年代にはじめられた。このシステムは耐震構造で、最初に建造されたのは、カリフォルニア州北部のサクラメント川の三角州からロサンゼルス南部まで715kmにおよぶ水道で、1966年に着工し72年に完成した。プロジェクトの残りの部分は、水道の新設が川や湖などの水位をさげ、環境に悪影響をおよぼすため、取りやめまたは無期延期になっている。


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