水の科学・化学館⑩  世界7つの地域の環境問題−②


施策と将来・展望
施策が持続可能な発展のために効果的であるには複合的な取組が必要です。
それは、人々の生活の社会的枠組の問題に対処すると同時に、効果的な制度を整備し、経済力を高めるとともに、環境を守らねばなりません。


 環境報告書に政府の施策とその評価を加えることは比較的新しい展開ですが、環境問題の効果的な解決のためにはとても重要なことです。
 1972年の人間環境に関するストックホルム会議以降、環境保全を目的とする、 200あまりの法律的合意が生まれました。多くの国ではこれらの合意を実施するため、伝統的な「命令・規制」的手法を用いています。このような手法は短期的には効果がありますが、しばしば費用が高くつき、また、経済発展を阻害しがちです。
 そのため、最近、補完的な手法として市場原理に基づく経済的手法が用いられようとしています。その目的は、生産過程をよりクリーンで省資源的なものにすること、自主的かつ柔軟で革新的な活動を導く環境をつくること、社会のすべての主体の参加と取組を促すことなどです。
 コミュニティを強化し、環境NGOを支援することの重要性はすべての地域で認識されています。しかし、残念なことに、市民社会の環境活動への参加は政府の明確な行動の後に実現する場合が多く、政策の乏しいところでは、市民の参加も強化も大概低調です。

【環境保全と資源管理のための経済的手法の例】
財産権
所有権、使用権、開発権
 市場創出
取引可能な排出権、採取量、水面共有権、土地利用許可
 税制
原材料投入、輸出、輸入、汚染、資源、土地利用などへの課税
 金融制度
貸付、融資、補助金、回転資金、グリーンファンド、低金利
 賦課金制度
汚染、環境影響、アクセス、道路使用などに対する賦課金徴収
 債券、デポジット償還制度
森林管理、土地開墾、廃棄物運送などに対する債券発行
【経済的手法の実例】
  • アフリカの一部地域では、持続可能な管理を促すために、使用権入札、森林利用料、材木税、環境債券などが用いられている。
  • 中国は排出量が許容量を超過したとき2倍、場合によっては3倍となる賦課金制度を導入した。
  • トルコでは都市部の工場に対する移転誘導策が効果を現している。
  • チリは取引可能な排出権、水面利用権を導入した。
  • プエルトリコは海岸保全推進のために、譲渡可能な開発権を利用している。
  • コスタリカは生物多様性踏査権、および取引可能な再植林優遇税制を導入した。
 GEO-1は、主要な環境問題について、今後数十年間、政策に大きな変更がないとの仮定のもとに、一連の定量的分析を行っています。今回使われたモデル、データおよび知見は今後改善の余地があり、また、将来の GEOでは地域差をより詳細に踏まえて、もっと多くのシナリオを検討する必要がありますが、この最初の研究の結果は、環境問題に取り囲まれた未来の地球像を表しています。
  これらの問題は、2つの主要な社会的傾向により、その困難性が増すと考えられます。その1つは不平等の拡大であり、もう1つは、地球規模での食料充足にもかかわらず継続する、飢餓と貧困です。
 この研究は、各地域の報告から浮かび出た、国際社会の速やかな取組を必要とする次の4分野について、その重要性を再確認しています。

  • 適切な環境技術の開発と導入
  • エネルギー利用効率の改善と更新可能なエネルギー源の利用
  • 淡水資源のための世界的取組
  • 指標データの向上
【モデル分析の主要な結果】
  • 地域の不均衡は今後、特に 2015年までは拡大すると予想される。
  • 食料需要の増大に応じるため、より多くの農地が必要になるであろう。
  • 残り少ない自然地域は、強い圧迫を受けるであろう。
  • より多くの集水域において、水不足が問題となるであろう。
  • 食料需要を満たすために、食料品の取引がますます重要になるであろう。
  • 環境保全は、開発途上国の平均寿命に寄与する次第に重要な要素となるであろう。
変化の要因

 モデル分析において、変化をもたらすおもな要因とみなされているのは人口増加と資源利用の増加です。前者については十分認知されており、詳しい予測もされています。それによれば、世界の人口は、来世紀半ばまでに 47億人増えて 100億人ちょっとに達する見込みです。増加の 95%は開発途上国におけるものです。

 今後すべての地域においてサービス業が成長し、農業や工業の国内総生産への寄与率は減少すると推定されます。ラテンアメリカと東アジアにおける1人あたりの所得は、来世紀後半には現在のOECD加盟ヨーロッパ諸国の水準を上回るでしょう。また、アジア、太平洋地域における1人あたりの所得は、 1990年から2050年の間に、先進国を上回る割合で増加し、その他の開発途上国では、1990年から2015年の間に、より緩やかに増加するでしょう。しかし、このような推定にもかかわらず、開発途上国と先進国との所得差はさらに広がるものと予想されます。

 人口と経済に関するこれらの推定の結果は、将来の食料、水、エネルギーの需要、さらに、いくつかの環境問題の動向についての予測を可能にします。
人口の推移の動向と予測



気候変動と酸性化

 工業化が進む国々では、エネルギー需要が、2050年までに5倍に増えると予測されます。それはおもに化石燃料によってまかなわれるでしょう。モデル分析では、次に、排出量の増大と低減政策の効果を考察します。低減政策としては、OECD諸国で合意された低減、および他地域では 2050年までに 50%の低減を見込みます。ヨーロッパおよびアジアにおける二酸化硫黄排出量の推移を予測した結果は図のとおりです。

 低減政策の効果を仮定しても、開発途上国における経済成長の影響は、先進国における排出量の低減または安定化を上回ると考えられます。二酸化炭素の世界的な排出量は増加を続け、硫黄酸化物と窒素酸化物の低減傾向も増加に転じるでしょう。

 その結果はとても重大です。2050年までに気候変動と酸性化の双方により、ヨーロッパの陸地の 12.5%、アジアの陸地の 7.3%が深刻な影響を受ける可能性があります。この研究は、酸性化と気候変動の相互関係を考察することの重要性、および、使用する化石燃料の量と性状を変えることの決定的重要性を示しています。
アジアとヨーロッパにおける二酸化硫黄排出量の推移予測
(ヨーロッパには前にソビエト連邦の一部であった国を含む)

土地利用
今後必要な農地の拡大は、残された自然の生息域に、そして生物多様性に負の影響をおよぼすでしょう。
ここでもまた、別分野の相互関連性を考察する必要性が提起されています。


 世界の食料需要は、2050年までに 110%以上増加すると予想されます。これは、世界中の人に1日あたり 3000カロリーの十分な食物を供給することが可能な量です。この増加および、よりぜいたくな食品への志向に対応するには、たとえ農業技術の進歩により生産量が増えるにしても、農地の大幅な拡大、2015年までに 27%増、2050年までに 42%増、が必要となるでしょう。また、土地劣化を埋め合わせるために、さらに数百万ヘクタールが毎年必要でしょう。その結果、いくつかの開発途上地域では、食料自足が次第に困難になり、自然の生息域や生物多様性がより大きな圧迫を受けることになるでしょう。
自然の生息域への圧迫
食料需要の増大と気候変動が生物多様性におよぼす影響に対処するには、総合的で、分野を横断する取組が不可欠と考えられます。
 【自然地域が陸地全体に占める割合】
1990 2015 2050
アフリカ地域 70% 55% 45%
アジア、太平洋地域 60% 50% 55%
ヨーロッパ、前のソビエト連邦 75% 75% 70%
ラテンアメリカ、カリブ海地域 70% 65% 60%
北アメリカ地域 80% 80% 80%
西アジア地域 90% 75% 70%
世界 70% 65% 60%

 自然の生息域が失われる主要な要因のひとつは、農業や都市化によって、土地に人の手が入ることです。砂漠、森林、ツンドラ、サバンナ、氷原といった自然地域の減少を推定することで、自然の生息域に対する将来の圧迫を評価することができます。さらに、残された自然の生息域の質に関する圧迫についても評価が必要です。下表は、世界の自然の生息域が、特にアフリカやアジア、太平洋地域において、将来大きな危機にさらされると予想されることを示しています。

 高い生物多様性を有する上位20カ国において、2050年までに自然地域の約 25%が改変されると予想されます。1人あたりに換算した場合の自然地域の広さは、現在の 1.8ヘクタールから、2050年までに 0.8ヘクタールに減少するでしょう。同じ期間に、残された自然地域への圧迫も倍増すると予想されます。
人間の健康
 GEO-1は、今後の国々の発展に伴い、環境が健康にどのように影響するかについて考察しています。鍵となる要素は水供給です。
 水供給は、2050年までに多くの人にとって問題となるでしょう。しかし、それでもなお健康と寿命は向上すると予想されます。これはおもに経済成長に伴う健康資源の増加によるものです。世界の平均寿命は、2050年までに約70歳に達し、食物や水供給、および昆虫媒介病の健康への影響は次第に重要度が減るでしょう。しかし、多くの開発途上国は平均に遅れをとるでしょう。あるいは、先進国におけると同様の社会的環境的発展への投資をしないならば、世界的な向上とは無縁であるかもしれません。健全な食料と清浄な水は「すべての人に健康を」という国連の目標の前提条件です。

代替政策
【代替政策の効果】
基準
ケース
代替
ケース1
代替
ケース2
エネルギー消費量(EJ/a) 1030 490 400
CO2排出量(PgC/a) 15 6.4 3.2
気温の変化(℃) 1.5 0.8 0.5
農地(10億ha) 5.7 3.0 2.5
森林(10億ha) 3.3 4.8 5.2
家畜数(10億頭) 2.5 0.8 0.5
注:
CO2排出量はエネルギー生産および産業によるもの;
1EJ=1018ジュール または 2.78億MWh;
1Pg=1015グラム または 109トン

 GEOでは現在の政策をそのまま継続した場合(基準ケース)と代替政策を採用した場合の差異を比較検討しています。
 代替ケース1では、利用可能な最良の技術がエネルギーと農業において20年以内に世界的に導入された場合を想定しています。
 代替ケース2では、それに加えて、2050年までに世界のエネルギー供給の55%が更新可能なエネルギー源を利用するものとなり、さらに20年以内に肉の消費量が50%減少する場合を想定しています。
 結果のいくつかは表のとおりです。数字はあくまで推定値であり、仮定が非現実的であることは念を押すべきですが、生活様式の基本的変化によって人間の環境への圧迫を大きく減らすことが可能だというメッセージは明瞭です。


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