私(社長)の履歴書館 (執筆中) 小説 「マルサ・倒産 そして、今・・・」
ドキュメント 私の |
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人生 |
人生、残すところおそらく20〜30年。
いつおとずれるかわからぬ お迎え¾生期と思われる今、私の人生の記録を記したいと思う。
このような機会は、なかなか無く、過去に似たようなこととしては、脱税で裁判のための検察庁 検事調書を取られた時くらいだ。
なお、登場人物は今、現在で特に差し障りがないと思われる限り実名とした。
本編を死んでから発表したのでは、まったく一人の人間のつまらぬ屍(しかばね)記録となってしまう。
●現在は執筆途中ですが、随時加筆します。
生年月日 昭和○○年11月19日、群馬県 生まれ
少年期
- 群馬県の大山奥で生まれる。
- 長野県の県境まで車で15分という群馬県西部の南牧村で生まれる。ちなみに下仁田町からの路線バスの終点。空は山間にはさまれ三角。
- 2度の死にかけ
- 6歳の時、三輪車に乗っていたらバックしてきた急行便(今の宅配便)の車の下にソックリ入ってしまった。遠くで見ていた人は轢かれないで無傷だったのは奇跡だといったそうだ。
- 小学校5年の時、15mの高さから岩だらけの川岸にまっさかさまに転落した。自分は失神してしまったが、目撃していた近所のおばさんの話では、「アゴのところがパックリと開いて血が噴出していた」とのこと。ケガは、アゴのところを30針ほど縫ったのと、左足の軽いヒビのみ。これも、まさに奇跡。
- 一番の楽しみ
- 本屋などバスで1時間の町まで出なければ買えない大山奥。月に一度の「子供向け月刊雑誌」を買ってもらうのが一番の楽しみだった。
学生時代
- 小学校
- 同級生は83人。戦後、ベビーブームの最盛期のため、開校以来の最多数となった。
- 『あさげ』は月明かりとともに。
- 中学校
- 天童少年現る?
- 全国模試で高得点
- とんでもない体育教師
-
- 高校
- 初めての下宿生活・・・あまり品行方正な下宿人でなく、居にくくなって半年で退去。
- 富岡高校新聞部部長・・・高校新聞でA3版16ページ建てを発行。
- パチンコ狂い・・・風紀の先生の見回り対策のため、変装して行く。サングラス、長靴ばきと異様ないでたちで。学校の授業時間中が一番安全で開店の10時から午後3時の時間帯を有効利用。その時、流行った山内賢、和泉雅子の「二人の銀座」がかかるとチン、ジャラジャラと絶好調。玉を親指で調節しながら一つづつ入れたのがなつかしい。
- 酒、タバコ覚える。・・・酒は日本酒と焼酎。ホッピーは安くて旨かった。タバコはハッカ入りの「みどり」から「ショートホープ」に。
- 授業時間は2/3・・・高校の進級するために最低限必要な受講時間は、各教科ごとに年間の2/3以上。記録を取ってその水準だけ達成。
- 夏、冬のアルバイトはポーラ化粧品のセールスマン・・・横浜にポーラ化粧品の営業所長の「いとこ」がおり、そこで夏休みと冬休みに伊勢崎町、日の出町界隈でセールスマンのアルバイト。おばさん、おばあさん相手に顔面マッサージ。歩合給だから好き嫌いは言えぬ。
丁稚奉公
- きままな丁稚
- 工場ホコリまみれ作業
- 日本全国へ蒟蒻粉飛び込みセールス
-
商売開業
海外旅行(仕事、観光)
- インドネシア バンドン 30日間
- 21才の時、初めての海外を単身で経験。飛行機に乗ったのも初めてで、今、思い出すとよくもマァ行ったもんだと自分ながら感心する。東京・羽田から香港、バンコック、シンガポール経由で12時間かかった。夜、8時頃やっとジャカルタに着いた。ムッとする熱気と鼻につく異様な臭い。(あとでこの臭いの原因はヤシ油と判明)
- バンドンはジャカルタから車で約2時間。「バンドン会議」の開かれた所で、日本でいうと避暑地「軽井沢」というところだ。雨季、乾季とも非常に過ごしやすくお金持ちやオランダ人の別荘がたくさんある。
- そのバンドンに日本人としてオランダからの独立戦争に参戦した熊本県出身のスカント・モトボウ(元坊)さんの家に居候した。敷地は約2千坪、その中で鉄工所を経営していた。奥さんは4人(イスラム教のため)おり、おのおの一戸建てに住んでいた。
- そのモトボウさんは、お酒が好きで毎晩「ジョニ黒」で宴会三昧だった。ただ、泥酔すると同じ日本人だと言う事がよほどうれしいのか「オカマ」ぶるまいには参った。女中さんは10人ほどおり、食事は上げ膳据え膳でほぼ日本食に近いものが食べられた。
- その中で知ったのは、果物の王様といわれる臭い臭い「ドリアン」。最初は臭くて嫌だったが、精力がつくからと我慢をして食べているうちに「やみつき」に。
- 物価は、とにかく安く貨幣価値は日本の20ぶんの1くらい。その当時、2〜3千万円位もってくれば、家を買い嫁さんをもらい一生働かないで暮らせるという状態であった。街角に立っていた女性は500〜1000円といったところ。
- 入浴の習慣がないので体臭は少しくらいは仕方ない。普通は、水をかぶるだけだ。モトボウさんの所は高級でドラムカンで湯を沸かし、板台の上に足を乗せて上手に沈むという「五右衛門風呂」方式だった。
- トイレには紙はなく、荒縄が一本おいてあるだけ。それを乾かしながらズッと使う。乾いたところをチョともむと前の汚れは落ちるという寸法だ。
- タイ、シンガポール、マーレシア 5日間
- 香港(一部、広州など含む) 延べ十数回
- 韓国 延べ二十数回
- 海外渡航歴の一番多いのが韓国で、主に、ソウルと釜山。最初の訪韓は昭和47年。当時の政治・社会情勢と比べてみると今の韓国は、まるで別の国のように変貌を遂げた。遠くから見ていると日本とよく似ている部分がある。「古きよき文化」がだんだんすたれ、次世代に向かって無我夢中で突き進んでいるともいえる「新世代」志向だ。「古い文化」が決して良いとは思わぬが、衰退して行く事は悲しいことだ。
- 韓国でたくさんの寺社仏閣や観光地にいったが、その中にいつでも「日本の原点」の臭いを感じた。この気配は、ガイド・通訳の説明なしでもわかる。歴史の重さとはまさに素晴らしいものだ。
- 景勝地の圧巻は慶州だ。あらゆるものに圧倒される。それこそ、どんな犠牲を払っても残すべき東洋民族遺跡である。
- 中国
- 中国は三国志で有名な「成都」が素晴らしかった。成都の近くのガン県のトコウ堰には感動すらした。
- ヨーロッパ
国内旅行(仕事、観光)
- 仕事は、青森県〜熊本県まで。実際に訪れた昭和40〜50年代の各県の思い出。
- 東北地方
- 青森県・・なんといっても春先の「奥入瀬渓谷」、何時間いても飽きない天下の渓谷。あとは寒い寒い思い出ばかり。道はアイスバーンでガタガタ、デコボコ。なんとも、いやはや。
- 秋田県・・「きりたんぽ鍋やハタハタ」はあまりおいしいと感じなかった。」食べた店があまりよくなかったか。稲川うどんは絶品。
- 山形県・・河北郡谷地のマルゴ旅館で食べた小粒のナスの漬物が超おいしい。山形県は各家庭それぞれ漬物の味の違いが微妙にあるようだが、総合的には日本上で上位に入ること間違いなし。庄内は総じてチョッと薄味気味だが、これがまたいい。
- 岩手県・・やはり盛岡の冷麺。他にはない歯ごたえ。2月のこと、真冬にツルンツルンの国道でチョッとブレーキを踏んだら、車が2回転。死ぬかと思った。
- 宮城県・・伊達正宗の仙台城。やはり東北の首都だ。
- 福島県・・いわき市の勿来の関。
- 関東・甲信越地方
- 茨城県・・なんといっても大子町「袋田の滝」、四季を通じていつみても見事。
- 栃木県・・日光日光、もう結構。蒟蒻で粟野町、馬頭町に思い出。
- 群馬県・・わが郷里。
- 千葉県・・成田空港のそばの「こんにゃく畑」今はなくなっただろうな。
- 東京都・・ゴミゴミしていてあまり好きでなかったが、なんの因果か今、住んでいる所。お金さえあれば欲しいものは何でも揃う都市。
- 埼玉県・・群馬からみると東京に出る通過地。今は、違う。大変失礼しました。
- 神奈川県・・鎌倉の大仏さん。横浜の日の出町界隈。
- 山梨県・・牧丘町の蒟蒻とぶどう。
- 長野県・・信州、佐久の鯉太郎。鯉のあらいと鯉こく。鯉の風味はなんともいえぬ味。18号線の塩尻の先、地元民の共同経営SS食堂さん、もうないだろうなあ。
- 中部・北陸地方
- 静岡県・・浜名湖のウナギの骨の焼いたもの。これ絶品。
- 愛知県・・設楽町は超山奥だけどもう一度いきたいなァ。名古屋といえば赤味噌の味噌汁、色に似合わずおいしさ抜群。
- 岐阜県・・東濃地区の土岐市から御嵩町に行く途中の食堂の豚汁。今でも思い出すだけで、そのしょっぱさにツバがでる。しかし、もう一度食べたい。上矢作町の「とや」(しかけをかけておいて、野鳥を取る)。それを、焼いて食べた味、忘れられない。五平餅ももう一度。
- 三重県・・津市。上方と下方文化の接点。ごちゃまぜ品の勢ぞろい。東(あずま)と京のミックス。
- 新潟県・・親不知、子不知海岸の夕焼けは絶景。今でも目にクッキリと焼き付いている。19歳の初秋、思いだすなぁ。8号線の海岸沿い食堂の魚定食が総じて美味い。長距離トラックが何台も止まっている所がお薦め。
- 富山県・・富山駅前の白味噌仕立ての魚骨味噌汁。これは美味い。新湊市の甘エビ。東部のタラ汁。
- 石川県・・山城温泉、山中温泉、片山津温泉の入口8号線沿いに「8番らーめん」1号館。当時はその美味さにビックリ。兼六公園下の「五宝館」・・まだ、やっていますか。石川県は加賀地方と能登は味が違う。加賀は京風。能登は越中風か。
- 福井県・・東尋坊のある三国町弁は聞きにくて参った。敦賀観光ホテルで食べたズワイかに。ほっぺが落ちた。
- 近畿地方
- 滋賀県・・八日市市の安旅館に泊まった時、隣室との境がベニヤ板並みの安普請。隣にアベックが泊まり一晩中アヘアヘで何回戦も。ベニヤ板も一緒に共鳴音でビリビリ、ガタガタ。次の朝は一睡も出来ず目がはれた。それにしても、女の声の大きさ(絶叫)と男のタフさに恐れい入りました。19歳の時のこと。
- 京都府・・市内は総じてお上品で、量が少なすぎる。味には高級感が十分あるのだが。漬物はさすが京都とうならせる。私には、市内よりも南部の木津・山城町あたりの食堂の味が口に合う。飲み屋界隈に行くと京都の「京子」さん、これがまたたくさんいるのだなあ。いと、不思議。
- 奈良県・・各食堂にある「関東だき」(おでん)。良く煮込んであるため色は黒いので、ちょっとビックリだがこれがまた美味いこと。五條市の旅館「あかねや」さん、まだ、やってますか。→2001/06/26に掲示板に投書をいただきまして、健在で今は3代目が経営されているそうです。「心温まる良い旅館」の記憶。
- 大阪府・・駐車をどこでも構わずするのにビックリ。食道楽の街、いわずものがな。
- 兵庫県・・名神高速の開通前、神戸市の43号線の3〜4車線道路で繰り広げられた大型トラックとのラリーもどきの運転。ノロノロしていたらはじきとばされるし、今、考えてもゾッとする命知らずの群集心理競争。生きていられたのが不思議。
- 中国・四国地方
- 岡山県・・吉備団子と桃。備中町、静かな所でした。高梁市は水の街。
- 広島県・・府中市、上下町は我が故郷の群馬に似ている。尾道市の階段町は印象が深い。
- 香川県・・うどん文化が確かにあった。
- 九州・沖縄地方
- 福岡県・・久留米ラーメン
- 熊本県・・熊本市の水前寺公園は一見の価値あり。お湯割の芋焼酎、鼻について飲みにくい。「馬刺し」は超お薦めです。
- 沖縄県・・今、テレビなどで盛んに沖縄料理グルメをやっているが、私は好みが違うせいか「とうがん」など美味いと感じなかった。もう一度ぜひ挑戦してみたい。
- 番外ー日本中、どこかれということなく食べたもの
- ふぐ(フグ)・・・私は、サシミ(てっさ)より「てっちり」鍋が大好物。あの口の周辺の美味いこと。まぁ、ふぐ屋さんに払った総計は、私の個人分だけで恐らく1〜2千万円になるでしょう。私の身体は、「ふぐ」でできているといっても過言にならないだろう。死ぬ前の「最後の晩餐」は絶対、これ食いてえ。
遊び
- パチンコ・・平和の「ゼロ戦」が一番面白かった。税務署にパチンコ収入、月5万円と申告。
- 飲み歩き・・高校の時から夜な夜な飲み屋街へ。
- ○○○・・ここは時期を見て書きます。総費用は数千万円に上る。
- ゴルフ・・昭和53年8月の1ヶ月間にコース23回の記録。プロ顔負け。平均スコアは何年やっても「除夜の鐘」で108回。
蓄財期
結婚
蒟蒻粉 空前の大相場出現
日本こんにゃく青年会 全国大会開催
マルサ(査察)受ける。
- 尻の毛まで調べる。
- 抗争の日々。
- 死中の活
- 判決・・・懲役1年6ケ月。執行猶予3年。罰金4,500万円。
法人(株式会社)化する。
工場大火事
「蒟蒻新聞」秘話
新工場落成
会社和議法申請
上京(○○○)
水回り関連部品卸会社に入社
インターネットへの寝覚め
時代にマッチした卸会社に変身?
読書遍歴・・2〜3千冊に上る。
梶山 季之 |
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柴田錬三郎 |
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宇野鴻一郎 |
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遠藤 周作 |
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今 東光 |
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西村寿行 |
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花登 |
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川上 宗薫 |
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川口松太郎 |
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源氏 鶏太 |
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五味川純平 |
『人間の条件』 |
堺屋 太一 |
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佐賀 潜 |
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獅子 文六 |
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清水 一行 |
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城山 三郎 |
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高木 彬光 |
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黒岩 重吾 |
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海外でもう一度食べたい超一級の逸品
- 韓国編
- コムタン・・ソウルの東海飯店(小さな食堂)・・これのあつあつは、それこそ絶品。
- ナッチポクン(小さなタコの鍋焼き)・・釜山・・子タコおいしーい。
- イタリア・・ワイン(通常「キリストの涙」で通じる)・・キリストの涙の味がする。
- スイス・・フォンジュ
- 香港・・庶民食堂の青野菜(チンゲンサイ)油いため。
- 中国・・おかゆ。日本から持参の「うめぼしと味噌漬け」が実に良く合う。
- インドネシア・・ナシゴーレン(焼き飯)、ミーバソ(焼きソバ)
- フランス・・でっかくて、ながーいフランスパン。あの香り、ああ、たまらない。
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毎日、忙しくて書けません。もうしばらく、お待ち下さい。 |