水の「今日のトホホ」館②-1


   <社会の裏で泣く人々>
あなたは中小、零細企業の
  『血の叫び』をどのくらい知っていますか?
明日は、夜逃げか心中か?
 誰も夜逃げや心中を好き好んでする人はいない。これは人生の現在の居場所(住所)からの逃避先が「よその地」か「あの世」との違いだけ。逃避するからにはそれだけの理由がある。その中で「お金を払えない」との理由が一番多い。そういう危機は誰にでもあるが、夜逃げや心中を良しとする論はあまり聞かない。
 ここであえて助け船を出すと、責任を果たせないことへの「責任の取り方」のひとつかもしれぬ。その立場の人はその現場に踏みとどまって責任を果たすことの望みを捨てるのであろう。
 他方、そこから立ち去ったほうが関係者などに迷惑がかかるのが少ないだろうというケースも多々ある。いずれにしても、中小企業は「か細いロープの綱渡り」商売よ。

宵越しのカネはない。
 中小企業は全知全霊で全ての物を動員して事業に取り組んでいる。ましては、万が一と思って積み立てているお金など「いざ、鎌倉」の時には一瞬で消え去る。
 取引先への支払いや従業員の給料を優先させるのが当然で、それを実行し、余力があれば設備などの先行投資をする。そのため経営者側は、外部からはなかなかうかがい知れない、いつも「宵越しのカネはない」状態の会社がほとんど。

お上や組合頼みはもうたくさん。
 困った時の「お上」、「組合」頼み。その頼みごとに対する効力ももだんだん効き目が薄くなる。
 「お上」からは、選挙時に動員される。良い思いをするのは組合の幹部だけ。
 「組合」は組合あっての組合員で、組合員あっての組合との思想などほとんどない。役員など名誉職と考えている輩の多い事。
 日本中に「組合」と名の付くものは星の数ほど有るが、99%が衰退中か解散の憂き目に。組合員の99%が衰退し、1%の組合員がノホホンと。もっとも、その1%の組合員も時間が遅れるだけでいつか同じ道たどることに。
 そんな組合に対してなんとかホドホドに回っているうちは、「お上」や「組合」から間尺に合わぬことを義理人情タップリでお願い申される。イヤイヤ聞き入れていても、こちらがいよいよ困った時にはソッポ向いてそりゃ無理だ。こんな組合は「誰のためにあるの」。

顔で笑って、心で泣いて。 
 商売は、顔で笑って、心で泣いて。また、顔では笑っているように見えるが、腹の中は煮えたぎっっている怒り。
 ある商売人がうまいことを言った。「私は、お客に笑顔で頭を下げるのではなく、いただく銭(ゼニ)に対して笑いかけ、頭を下げる」のだと。まったくもって、名言(迷言?)だ。
 商売とは、因果のものだ。作り笑いでなく、本気で「顔で笑って、心で笑って」商売をしたいものだ。

商売とは物を売ることはでない。
 その商売の心、情報を提供、伝達することだ。
売れないとは物が売れないのでない。
 その商売の心、情報を相手が必要としていないのだ。
 「商売とは、物を売る事である」と思っている人がほとんどである。物という有機物を提供して対価を受け取り商売をしたと言っている。
 しかし、その裏に潜んでいる商売とは「商売の心、情報の提供、伝達」が第一義でお客さんが買ってくれたと言う事にほとんどの人が気が付いていない。そのことは、売れない時にハッキリする。自分方(自己)中心に商品というものをとらえ、お客さん(第三者)から見た商品の必要性というものが判っていない。また、お客さんの求めるものはの、第三者的発想が欠落してしまっているのだ。まさに、自分のために商品を売りたいだけの押し売りと一緒だ。
 いつも、「クールなお客さんの目」で自分の扱っている商品を見ることが一番大切だ。

儲けとは、努力の結果に付いてくる「手アカ」なり。
求めれば逃げ、誠意と言う2字(ふた文字)に寄ってくる。
 儲けたい、儲けたいと呪文のように言っている人に、あまり儲けた人はいない。一時的に儲かっても、そういう人からお金は逃げ出す。
 儲けとは、努力の結果の「手アカ」のようなものです。生真面目で誠意ある努力家に擦り寄ってくる「真心あふれた女性」です。

仕事は自分のためにしているのでなく、従業員の生活のためにしている。
 なんとなく奇異の感じがするかもしれないが、これが多くの中小企業経営者達が感じている本音だ。
 経営者は本来は自分、家族のために頑張っているつもりでいるのが、いつの間にか自分、家族を犠牲にしてまで会社を継続するようになってしまう所が多い。そうすると何のために頑張るのかとなると「従業員のため」ということになってしまう。その従業員がその意を判ってくれれば、まだ慰めになるがほとんどは無理。結局、経営者側は心の中で「従業員の生活のために何で頑張らなくてはならないのだろう」と自問自答することになる。

マスコミは繁盛店は取り上げるが、没落店は相手にしない。
 マスコミは人気商売と割りきって考えるべきだ。大衆受けする記事を提供しなければ商売として成り立たない。
 繁盛店の連載は華々しく取り上げやすいが、没落店の連載は記者レベルがよほど高くないと続かないからだ。あくまで大衆受けする記事が目的であって、没落店を這い上がらせるような「読者がうなる」記事などほとんど目にしたことがない。

経営者の大多数が、閉店したいけれども閉店できない理由を抱えている。
 中小企業経営者になんの障害もなかったら、閉店したいですか?と質問すると「閉店したい」と大多数が答えるだろう。
 その「閉店できない理由」は、生活の為、転職してなんとかなるのかに始まり種々雑多だ。しかし、その根底にはやめるための精算ができないという事情を抱えている事が多い。
 中小企業は少なからず資産の大半を担保に提供して借り入れをしており、やめるためにはそれを精算しなければならないからだ。借金イコール資産での精算図式は成り立たず、まず借金全額を用意しなけなければならない。それがスムースにできるような中小企業は、ごく少数だろう。
 結局、大多数の中小企業は「閉店したいけれども出来ないという悩み」を抱えて今日も頑張るしかないのである。

大型店1店の成功のカゲに、何十、何百という零細店の転廃業、倒産劇あり。
 消費者は大型店の成功に喝采を送るが、その影に隠れた沢山の零細店の転廃業、倒産の現実をほとんど知らない。
 資本主義経済は強者が残り、弱者が滅びることになっている。しかし、弱者の声はなかなか伝わってこない。それは、敗れ去った弱者には「負い目」があり、発言を我慢する。そういう現実に接すると何か、むなしさだけ残ってしまう。

経済評論家は、成功例の表現は上手だが、失敗例ではまとはずれがほとんど。
 経済評論家の予測は的外れが多いと言われる。「評論家という職業」の名のもとに職業として判断するからであろう。
 それを捨てて飛び込んで予測して見たら案外、的中するのかも。
 まぁ、はずれても何の責任も取らなくてもよいのだから。政治家や証券マンと一緒だ。それを信用する方がバカかな。

血の叫びをあげない経営者は偉い。
 どんなに苦しくても弱音をはかない経営者はただただ偉い。

社長!社長!がハダカの王様に。ハシゴをはずされたら並以下に。
 社長も現役中は、回りから社長!社長!の連呼。その言葉の居ごごちの良さの余韻にひたりっぱなし。
 そして、いつか退任。その途端に環境が一変する。それでも財産や人脈をマアマア持っていればそれほどの落差を味わわなくてすむだろう。
 財産や人脈がほとんどないとなるとそれこそ「ハダカの王様」のような悲惨な状態を味わいざるを得なくなってしまう。一大名が一町民になったようなもので、本人にとっては一町民以下に成り下がったと感じられるほどのショック度だろう。
 プライドの高かった社長ほどその悲劇度は増す。人間の肌に染み付いた習性はなかなか直しにくい。時間をかけて、こういう社長病の人、早く立ち直ってネ。

借金が、あればあるほど走れる人達。無ければ、亀の歩みの如し。
 「借金」は罪作りだ。走りたくない馬の鼻先にニンジンの数をドンドン増やし、息が絶える寸前まで疾走させる。
 「借金」は魔物だ。その人その人に能力以上の苦役を与える。
 「借金」は薄情だ。返すまでスッポンのように喰らいついてくる。
 「借金」は無情だ。友情も愛情も女性も家族もみんなみんな逃げて行く。
 あぁ、「無借金」で亀のように遅くても良い、ユックリと人生を謳歌したいなぁ。

人の不幸は密の味、人の成功はやっかみ専門。
 人が不幸の目にあっていると、言葉では「頑張ってね」などというが、10人中9人の腹の中は正反対。笑みを出すまいとこらえるのに必至。その人が不幸になった分と同じだけ、自分に幸せが上積みされるかのようにほくそ笑む。
 嫌なことだが、人間の一番醜さの出る瞬間だ。テレビの午後のワイドショーなど代表的な「のぞき自己満悦」番組だ。
 その一方、人の成功には冷淡で「心の奥」で「やっかみ」と「いつかこの人も失敗するかも」のラブコール。
 あなたは、そんな事を思う人間でないとハッキリ言い切れますか?。

真実は言ったら倒産、見栄(ミエ)をはり。
 商売で見栄を張り始めたら「倒産予備軍」。あなたは、大丈夫ですか?。

家族まで、言ってはならぬ真実は。
 真実を全て知ってよい事もあり、全く知らない方が幸せの時もあり。
 言うのも「愛」、言わぬのも「愛」。あなたなら、さぁどうする。

先行きが、暗いを明るいと我(われ)だます。
 人をだます前に自分をだまさないと前進できぬ。あぁ、自爆。

全国ため息選手権、上位入賞者の独占確実。
 「ため息」は、亡くなった青江美奈よりずっと上手。なんたって、毎日しており、年期が入っているもの。

頑張りすぎは、一族郎党の滅亡に通ず。
 中小企業の融資の保証人は、最後は親戚の保証が定法。そして、最悪の場合は一族郎党の滅亡とさかまく怨念。

第三者の目でみれば、結末おのずと判明す。
 自分可愛さで現実から目を離す。全く関係の無い第三者から見れば一目瞭然。

『3』は商売の潮時(しおどき)数字なり。3日、3月、3年、13年、30年
 「3」は潮時。「4」になると大きな鬼門。

いいは一時(いっとき)、もがくは一生。
 どんな商売も長い目で見ると良い時期は一時。その一時のために一生をもがくはめに。

達観になれたら、商況安定す。
 あれこれ考えずに、自分の仕事を達観視できるようになれば商売安定。

人の店は良く見える。外観マネでは良くならぬ。
 隣の嫁さんと一緒。無い物ねだりの子守唄。

片方に繁盛店あれば、そのそばに没落店あり。栄枯盛衰は世の習い。
 人は群れるのが好き。あちこちと浮気三昧なおのこと。
 歴史上、どんな商売も永遠に続かぬものだ。ただ、ひとつ続いているのは「春の女を売る」仕事。イタリア、ポンペイの遺跡に紀元前からの証拠あり。男根マークで娼婦館への道案内。

構造不況業種ほど切なく辛いことは無い。
 右も左も前も後ろも全方向が行き止まり。
 衰退しか道筋のない業種に携わっている人は辛い。起こりもしない奇跡が起こるのをただ我慢して待っているだけ。
 別名:老衰産業(ただただ、弱って死んでゆくのみ)。合掌。

もがけばもがくほどのアリ地獄。静かにしているのが一番沈むのが遅い。
 底なし沼と一緒。底なし沼にはまった時は静かにしているのが一番沈むのが遅い。

経験も、時代の波には勝てやせぬ。
 経験はジックリと時間をかけて体験勉強する。時代の波は、アッと言う間に押し寄せる。

血へど吐き、赤い小便、まだ努力。
 ここまで頑張る中小企業。旧帝国陸軍の初年兵と同じです。
 あなたは、歯グキから血が出たり、赤い小便が出たことがありますか。

倒産は、企業の葬式、読経なし。
 倒産とは、企業のお葬式です。
 人は倒れ死ぬと僧侶が大きな声でお経を上げます。
 会社が倒産して死にますと、債権者が大きな声で「カネ返せ」と叫びます。もちろん、読経はありません。

ベンチャーと起業は、いつか訪れる終いの始まり。
 「生(せい)」うけたるもの必ず死す。これ、世の習いなり。永遠はなし。

昇竜は、華やか羨望のまと。下降は一瞬の出来事。
 竜が天に昇るさまは、まさしく中小企業経営者の目指すところ。
 竜が落ちる時は、中小企業の欠点である「頭だけ重くて」でまっさかさま一瞬。「竜頭蛇尾」。

商売人は単純だ。
 チョッと売れるとカラ(空)元気。売れないとしぼんだ風船。
 なんたってー、商売人は単純でないといけないよ。
 頭が良ければ、こんなことしちゃいねー。

お客からタダでもいらないと言われた時の情けなさ。涙ポロポロ。
 いくらか「おかね」付けるから持ってって―。   
 なんとも、いやはや。フーテンの寅さん。

安い高いは売り手の言い草。買い手は必要感で判断す。
 その品物が高いか安いか判定するのは買い手です。間違っちゃあ、いけないよ、売り手側。

成功談には飛びつくが、失敗談には耳貸さぬ。
 世の中は「二匹目のドジョウ」はなかなかいない。
 世の中は成功談ばかり語り継ぎ、失敗談はお蔵入り。

ヨイショ持ち上げ者の多い城は簡単に落城する。
持つ力も無いのに、掛け声だけは大きくヨイショ。   
ヨイショ、ヨイショで城落ちる。原因、柱の松くい虫。   

企業の「継続は力」なり。企業の「永続は罪」つくりなり。
 永くやっていると、必ず誰かに寄りかかり。

時代の寵児は生前中、時代の英雄は死んだその後。
 何事も適正評価が下されるには、長い長い時間が必要。

人の批判は誰でもできる。自分の批判は誰もできない。
 自己弁護なき、自己批判ぜひ聞いてみたい。

甘い蜜、みんなでたかって会社喰う。
 会社の含み資産や自分の働き、稼ぎ以上に給料などを貰ったり、会社経費の公私混同。

人の死亡は届けを出すが、会社の死亡は届けなし。
 会社は、穏やかな廃業の場合は届けは出すが、倒産などはナシのつぶてで届けなし。

ホドホドに栄えている店が、一番長続きする。
 ホドホドに客が入っているが、一見あるのか無いのか判らぬような地味・質素の店が一番持久力がある。

義理人情、たよって売れば義理を欠く。
 知り合いに義理人情で売ることで成り立っている商売は、ほとんどが自分では義理人情を果たしていない例が多い。

コンビニは、シャッター装置不要なり。シャッター降ろすは倒産時。
 24時間、年中無休営業のコンビニは、シャッターを降ろす事はなく、降ろすとすれば倒産した時だけ。

コンビニは飾り窓の女性です。昼も夜も、電気こうこう客を待つ。
 コンビニは、春を貢ぐ女性と一緒です。24時間、客を引き付ける電気の下でただただ、ひたすら客を待つ。

なにもかも置いてあります量販店。ないのは一つ、春売る女性。
 昔、デパート(百貨店)、今、郊外の超大型量販店。その上、インターネットでなんでも来い。それがエスカレート、そしてその結果や如何?

「無欲」こそ、商道最大の武器と知る。
 「無欲」の商売は、人々が自然に群がる。
 「欲」という臭いだけで、人々は警戒したり遠のく。
 商売の目的が「我が道楽」と悟った時、初めて一人前の商売人に。

お客さん、欲しがるものはありません。いらないものを品揃え。
 品揃いは店の都合で。お客さんの要望の品物は入荷待ちか品切れ。こういう店は必ず倒産か廃業。

お客さんの欲しいもの。そんなにいいなら、まず私。
 お客がどうしても欲しいというもの。バックヤードでそっとひとつ端に寄せ。

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