水のコンテンツ⑪ 『水』をとりまく諸問題 その11
  21世紀の『緊急課題』-④


水源の立地規制や、水処理法の表示を
売れるミネラルウオーター

 飲み水への関心が高まる中、容器入り「ミネラルウオーター」が売れている。「安心」がうたい文句の1つだが、国内では水源に対する基準はなく、水質基準は水道水よりも緩い。どんな水源の水を、どう処理しているのか。自然環境そのものが商品ともいえるだけに、水源地の立地基準の策定や処理方法の表示などが必要ではないか。

 国産の主なミネラルウオーターは地下水が原料だ。水源地は生活排水や農薬などの汚染が少ない山奥ばかりではない。
 関西のある企業の水源地は、すぐ近くを電車が通る住宅街のど真ん中だ。採水場で地下100メートルからくみ上げた水は、タンクローリーで50キロ以上離れた工場に運ぶ。
 富士山のふもとで今春開業した会社は、ゴルフ場や牧場の下方にある工場の敷地に、地下350メートルの井戸を掘った。北陸の企業は、井戸と工場が水田に囲まれている。川沿いの扇状地で、地下150メートルから水をくむ。

 どの会社の責任者も「井戸が深いから周りからの影響はない」と説明。周辺の環境対策は「特にしていない」という。
 しかし、汚染の心配はないのだろうか。雨水は数十年から数百年かけて地中に浸透するので、将来は汚染物質が混じるかもしれない。
 国内のミネラルウオーター企業は大小合わせて約400社。水源地の周辺環境にまで気をつかう企業は多くはない。

 ミネラルウオーターは食品衛生法で清涼飲料水として扱われており、水源地の周辺環境まで規制されてこなかった。厚生省(当時)が86年に「泉源地、採水地点の環境保全を含め衛生確保には十分配慮する」との局長通知を出した程度だ。
 メーカーは衛生面から原料の水を熱やオゾンで殺菌するか、膜ろ過で除菌する。化学物質や重金属を取り除くための浄水処理はしていない。
 原料の水質は同法で18項目の基準が設けられている。水道水が浄水処理後の基準項目だけで46項目をチェックされるのに比べて少なく、ヒ素やフッ素などは緩い。

 ミネラルウオーターの評論家でもある映画監督の早川光さんは「殺菌や除菌では本当の安全性は得られない。新たな化学物質による汚染の問題もある。水源の環境が守られているかどうかが最も重要だ」と指摘する。
 水源地の環境保全には明確な基準が必要だ。汚染源になりそうなゴルフ場や農地、畜産施設、住宅地、工場、廃棄物処理施設などの近くに水源を設けない。あるいは水源がすでにあるなら、汚染源のほうを制限する。そんな立地規制はできないのだろうか。
 地下水脈は複雑で、規制は広範囲にわたる可能性がある。欧州の有力企業は「水源地の環境を守るのは私企業では限界がある」という。水で地域おこしを考える自治体が周辺の公有地を業者に貸すとか、開発規制をする方法もある。化学物質の基準はせめて水道水並みにするべきではないか。

 ミネラルウオーターの表示は、改正JAS法で4月から名称や内容量など6項目を一括表示する一般ルールの適用対象になった。しょうゆなど55品目のように、商品の特性に応じた個別の表示基準を早くつくり、採水地の環境や殺菌・除菌方法などの詳しい記載を義務づけるべきだ。
 名前も紛らわしい。農水省のガイドライン(90年制定)のうち「ナチュラルミネラルウオーター」の呼称は、97年の国際食品規格委員会で、日本のように殺菌・除菌する場合は認められないことになった。名称の変更も検討課題だ。

【ミネラルウオーターと水道水の水質基準項目】

■双方に共通する項目
(1)一般細菌(2)大腸菌群(3)カドミウム(4)水銀(5)セレン(6)鉛(7)ヒ素(8)六価クロム(9)シアン
(10)硝酸性窒素・亜硝酸性窒素(11)フッ素(12)亜鉛(13)銅(14)マンガン(15)有機物等

■ミネラルウオーターのみ(水道水にはない)   (1)バリウム(2)ホウ素(3)硫化物

■水道水のみ(ミネラルウオーターにはない)
(1)四塩化炭素(2)1,2−ジクロロエタン(3)1,1−ジクロロエチレン(4)ジクロロメタン
(5)シス−1,2−ジクロロエチレン(6)テトラクロロエチレン(7)1,1,2−トリクロロエタン(8)トリクロロエチレン
(9)ベンゼン(10)クロロホルム(11)ジブロモクロロメタン(12)ブロモジクロロメタン(13)ブロモホルム
(14)総トリハロメタン(15)1,3−ジクロロプロペン(DD)(16)シマジン(17)チウラム(18)チオベンカルブ
(19)陰イオン界面活性剤(20)1,1,1−トリクロロエタン(21)フェノール類(22)鉄(23)ナトリウム(24)塩素イオン
(25)カルシウム、マグネシウム等(硬度)(26)蒸発残留物(27)pH値(28)味(29)臭気(30)色度(31)濁度

朝日新聞(2001/05/10)



有害な鉛の水道管、全国850万世帯に残る
 交換進まず 水質基準の達成困難


 人体に有害な鉛が水道水に溶け出す鉛製水道管が、ほかの材質に取り換えられず、国内にまだ約850万世帯分以上残っている。このままでは鉛の水道水質基準が現行の5倍厳しくなる予定の03年に間に合わないとして厚生労働省は、鉛を取り除く家庭用浄水器の研究や自衛策の呼びかけなど別の鉛対策を検討し始めた。

 鉛は体内に蓄積されると胎児や乳幼児の知能障害などを引き起こす慢性毒性があり、世界保健機関(WHO)は飲料水の水質指針の鉛濃度(1リットルあたりミリグラム)を0.01以下と定めている。日本は92年12月、これを受けて従来の0.1から0.05にとりあえず厳しくし、約10年後をめどにWHO並みの0.01まで持っていく移行期間を設けた。

 水道水の鉛濃度は末端の蛇口ではかるのが一般的。管から溶け出した鉛が滞留する朝一番の水を選ぶこともある。鉛管は浄水場からの本管でなく住宅への引き込み管に主に使われ、各自治体の水道事業者が「水質基準にあった水を供給する」という水道法の義務を果たすには、引き込み管を取り換えなくてはならないと当時から指摘されていた。取り換え費用は原則として公道の下までは水道事業者、私有地内は使用者が負担する。

 ところが、厚労省の外郭団体の水道技術研究センターが99年、給水人口5万人以上の自治体の水道事業体310(給水人口の約8割)を対象に調査したところ、鉛管を使っているのは全国の世帯の約5分の1にあたる852万世帯、総延長約2万7000キロ以上に達した。ポリエチレンやステンレス管などに取り換える費用は自治体の負担分だけで1兆3000億円以上と試算された。

 水道事業体などでつくる日本水道協会の91年調査と比べると、8年間で鉛管の3割しか取り換えが進んでいない。個人財産である住宅地内の引き込み管についてはほとんど把握されていない。

 自治体では、東京都が00年度から3年間で計400億円をかけ、住宅の水道メーターまでとする公的部分の取り換えを終えるが、中小規模を中心に大半の水道事業者は財政難から取り換えが進まず、鉛管を使う家庭の滞留水で測定する場合は多くが新たな基準を達成できないとみられている。

 厚労省は3月、管を取り換えなくても鉛の濃度を抑えられる暫定的な対策を検討する専門家の調査委員会を設立した。鉛濃度の高い家庭に取り付ける浄水器のほか、水道水の酸性を弱め、鉛の溶出を防ぐpH調整などの方法を検討している。

 また、日本水道協会は今春、情報開示に消極的だった従来の姿勢を改め、鉛管を使っている世帯に注意や対策を呼びかける広報活動を進める方針を固めた。


 ◆鉛の危険性
 日本の水道水質基準は大人が1日2リットル、乳児が0.75リットルの水を毎日飲んでも血中濃度が健康に影響するレベルを超えないように設定された。だが、鉛は蓄積性があるため、摂取量は少ないほどよい。空気や大気からも摂取され、大人は7割以上を食物からとる。乳児は水の摂取割合が大きいため、知能の発達の遅れなどの影響が懸念される。

(朝日新聞 2001/05/08)



飲み水を守る条例で「産廃封じ」
――181市町村が制定

 住民の飲み水を守る条例や要綱を全国181の市町村が設けていることが、都道府県を通じた朝日新聞社の調査でわかった。産業廃棄物の処理施設や最終処分場を規制する例が多く、この5年間に制定した64市町村の7割以上が「産廃封じ」を実質的な目的としている。ひっ迫する産廃施設の適地とみなされやすい市町村が自衛手段としているようだ。

 名称は、水道水源保護条例など水源保護、保全をうたうものが最も多く、約110市町村ある。くみ上げ規制を中心とする地下水保全条例など地下水を名称につけたところが約40市町村(今回調査では地下水を水道水源に使っている市町村を対象に含めた)。ほかに環境条例に水源保護条項を設けた市町村もある。

 最近5年間は毎年、10前後ずつ増え、今年は宮城県白石市や群馬県富岡市、三重県尾鷲市など6市町村で成立した。

 都道府県別では三重県が最多の27市町村。津、久居市、美里村が88年、水源の川の近くに産廃処分場計画が浮上したため、全国で初めて立地規制に踏み込んだ水道水源保護条例を成立させ、ほかの市町村も続いた。

 次いで多いのは山梨県の14市町村、石川県12、福岡県10、静岡、長崎県9など。「地価が安い山間地で、大都市圏に近く、道路事情がいい」という産廃施設の条件に合う市町村が目立つ。

 90年初頭まではゴルフ場の規制を想定した内容が多く、バブル崩壊後は産廃施設が主な狙いになった。

 産廃施設の許可は都道府県の権限で、市町村は意見を述べる機会が与えられるだけだ。「地元の頭ごしに立地が決まる」という不満が市町村に強く、それが独自の条例をつくる背景にある。

 産廃問題にくわしい梶山正三弁護士は「水源地には産廃施設をつくるべきではない。市町村がどんどん条例を作って防衛する動きが大きくなれば、国も立地規制に乗り出さざるをえなくなるだろう」と話している。

 環境省廃棄物・リサイクル対策部の岡沢和好部長は「産廃施設には法律で厳しい環境基準を課している。条例は必要ない」との立場だ。

(朝日新聞 2001/5/01)



水道水の原虫対策を強化 厚労省が新指針
塩素消毒効果なく「膜ろ過」を促進


 水道の塩素消毒でも死なず、集団下痢を起こす恐れのある病原性原虫・クリプトスポリジウムが全国の河川などで検出される例が増えている。このため、厚生労働省は汚染の可能性のある自治体に対して、浄水処理の際に原虫を取り除ける「膜ろ過」施設の導入など、より強い対策を促す新指針を今夏通知する。

 厚労省によると、河川や浅い井戸を水源にする浄水場1万1220のうち154は上流に汚染源になり得る畜産施設などがあるのにクリプト対策としては不十分な塩素処理しかせず、計約144万人に給水している。新指針はこうした浄水場を対象とする。

 クリプトは「凝集沈殿・砂ろ過」と呼ばれる一般的な浄水処理で大半を取り除けるが、専門の水道技術者と広い敷地が必要になり、小規模な水道では難しい。膜ろ過はセラミックや化繊でできた微細な穴があいた膜に水を通して汚れや細菌をこし取る先端技術で、クリプトを除去する能力は従来技術より高いとされる。運転を業者に一括委託でき、敷地も狭くてすむ。

 厚労省の外郭団体の水道技術研究センターによると、全国で約200の浄水場が膜ろ過を導入している。その大半がクリプト対策だ。膜ろ過の設備は割高で、一般的な浄水施設に比べ2、3倍かかることもあるという。厚労省は膜ろ過を導入する市町村には補助金を出している。

 クリプトは、同省が97年に全国94水源水域の282地点で実施した調査で、秋田、群馬、栃木、沖縄県など6水域8地点で検出された。その後は検査技術が向上したこともあり、自治体の調査で東京都の多摩川や兵庫県の千種川など各地で見つかり、「どこから出てもおかしくない」(同省)ぐらい広がっている。

 ◆名水の町に原虫の影

 「清流の里」が集団下痢を起こす病原性原虫・クリプトスポリジウムにおびえている。自慢の川や井戸からとった水道水が、塩素消毒でも死なない原虫に汚染されるかもしれないからだ。原虫をこし取る「膜ろ過」で対抗する市町村も目立ち、連休明けには栃木県今市市で日本最大の施設が稼働を始める。

 ●サルに対抗

 「クリプトスポリジウムの危険性のある水質だとの懸念から、この処理方法を採用したところであります」
 今市市の斎藤文夫市長が3月末、浄水場の落成式で説明した。その膜ろ過施設が今月7日から市内全域の約6万3000人に給水を始める。1日の処理能力は1万4400トン。それまでトップの北海道西空知広域水道企業団の2倍以上にのぼる。

 市の中心部に「おいしい今市の水」という看板の水飲み場があるぐらい、水を売り物とする土地柄だ。水道の水源とする鬼怒川の支流の大谷川は、すくって飲めそうにみえる。そこに潜む伏兵がクリプトだった。
 日光周辺の山から野生のニホンザルやニホンジカが人里に下り、大谷川で排便すると危ない。2年前に川の水質を調べたら、クリプトの前触れとされるふん便性連鎖球菌が出てきた。それが36億円をかけて新施設をつくるきっかけとなった。

 ●6割が感染

 水道水によるクリプト集団感染が96年夏に起きた埼玉県越生町。この日本初の事故が全国の市町村を震かんさせた。

 「ひどい下痢だった。1日30回もくだした患者もいた」。越生町の開業医市川正之さんは当時を振り返る。
 患者は日に5回以上、水のような便に悩まされた。細菌性食中毒と違い血便はない。38度以下の発熱が見られ、子どもの多くは頭痛を訴えた。
 家族全員が感染した例も多く、飼い犬が下痢をした家も数軒あった。市川さんの病院にはお年寄り3人が入院した。下痢止め薬が効かない。
 町の人口約1万4000人の6割以上に当たる約8800人が感染し、水道水や浄水場の沈殿池で原虫が検出された。

 浄水場には川の水を沈殿・ろ過する大都市並みの設備があった。ところが、川の水の透明度が高いので、濁りと汚れを沈殿させる薬品を入れずに塩素消毒だけで済ませることがあったという。「名水の町」の自負があだになった。
 98年に膜ろ過を導入しても、水道に対する住民の不信感は消えない。

 ●懲りた村

 山形県西部の朝日村は99年7月、水道水からクリプトが検出され、全国約1900の上水道事業者では越生町以来の給水停止となった。

 349戸1553人が暮らす10集落が断水し、給水車が1日4回訪れる状態が10日間続いた。村はふろに入れるように村営の天然温泉施設を無料開放した。
 家族6人暮らしの主婦(66)は「トイレが一番困った」と語る。
 懲りた村は、水源にしていた山間部のわき水を放棄し、県がダムの水を浄水処理する庄内南部広域水道から水を買うことにした。

 ほかにも鳥取、兵庫、福井、青森、沖縄県の計6市町の簡易水道などで、クリプトや似た原虫ジアルジアが検出され、給水停止になっている。

 ◆集団感染あり得る――井関基弘・金沢大学医学部教授(寄生虫学)の話

 クリプトは日本に昔からいたが、家畜などの輸入や海外旅行が増えるにつれ、広がっているとみられる。一方、小さな水道では十分な浄水処理をしていないところが多く、越生町のような集団感染はいつどこで起きてもおかしくない。

 クリプトは感染力が強い。下痢の便には1日数十億個が含まれ、数個が体内に入れば発症する。普通の人なら約1週間で自然治癒するが、免疫力が弱いエイズ患者らは死ぬ場合もある。

 医療機関も対策を真剣に考えるべきだ。これまでなら単なる下痢症と診断したケースの中にも多数のクリプト患者がいた。正確に診断するために、今後は疫学調査で情報を集め、検査技術を高める必要がある。水道当局とのネットワークづくりも急ぐべきだ。

 ◆クリプトスポリジウム 家畜や野生動物に寄生する病原性原虫。飲み水や食べ物を通して人間が感染すると腸内で繁殖し、激しい下痢が数日続く。便に含まれる原虫は河川でも生き延びる。水道の塩素消毒で死なないのは硬い殻に覆われているためだ。乾燥と熱に弱い。大きさは直径約5マイクロメートル。93年に米ミルウォーキーで感染者約40万人、死者約400人を出した水道事故で世界的に注目されるようになった。

(朝日新聞 2001/05/05)



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